少女は部屋の隅で、自分の両膝を抱えて座り込んでいた。
 もう丸1日以上、彼女はその姿勢を崩していない。
 ただじっと座り込んでいた。

 少女は目を閉じて、記憶を反芻する。

「親戚参りでね。1日泊りで出かけなきゃいけないんだ。悪いけど一人で留守番していてくれないかな」
 30時間ほど前に、少女の居候している部屋の主が、少女に伝えた言葉。
 彼女は少し不安そうに眉を寄せたが、うん、と小さくうなずいた。

 家主が出ていってから、手持ちぶさただったので、部屋を掃除してみた。ゴミをまとめて、埃を掃いて、床やシンクも拭いてみる。
 ワンルームアパートの小さな部屋なので、すぐに終わった。

 やることが無くなってしまったので、部屋の隅にちょこんと腰掛ける。
 彼のいない部屋は、とても静かだった。
 時折、ちょっと型の古い冷蔵庫がブゥゥンと唸る音だけ。

 不意に、胸が苦しくなった。
 青年と出会ってからずっと忘れていた、冷たい感覚を思い出していた。
 孤独。

 けれど、ずっと一人でいた時よりも、今感じる孤独はとても、冷たい。
 誰かと一緒にいる暖かさを知ってしまった心には、とても、冷たい。

 静寂に耐えられなくなって、少女はすがりつくようにテレビのリモコンを手にすると、電源を入れた。
 ブラウン管から出力される音と光は、けれど少女の心を満たしてはくれない。
 今まで彼女が見ていたのは、放送される番組ではなく、それを見て楽しんでいる青年だったのだから。

 テレビを消すと、膝を抱き締めて部屋の隅にうずくまるように座り込む。
 それから少女はずっと待ち続けた。

 あの日、町角のリサイクルショップでうずくまっていた時のように。
 自分の手を握り締めてくれた、あの暖かい手を。

  −−−−−−−−−−−−−−

 じっと床を見つめていた少女が、ハッと顔を上げる。
 同時に、カチャリとドアの鍵が開く音がした。

「ただいま」
 ドアが開けられて、すっかり聞き親しんだ声が響く。
 キッチン兼用の短い通路を抜けて、青年が部屋に入ってきた。

「ただいま、彩姫(サイキ)」
 彼はもう一度、今度は自分を見つめる少女の瞳に向かって、優しい声で伝える。

 少女は表情を変えない。
 部屋の隅から立ち上がる素振りも見せない。
 その場からそっと、彼に向かって、手を伸ばした。

 青年は笑顔を浮かべると、荷物を置いて少女のすぐ前へと歩み寄って、その手を取った。
 少女はふわりと体を浮かせて、彼の胸に飛び込むように抱き付いた。

「……おかえりなさい」
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