「まったく、どういう縁なのかしらね」
 幻想郷の空をかけながら、十六夜咲夜は小首を傾げる。
 月明かりと星明かりだけが世界を照らす空は、注意しなければ色々なものを見落としてしまいそうだった。襲ってくる野良妖怪とか。
「まあ、良いんじゃない?」
 咲夜の隣で気楽にそう言って口元を吊り上げる少女。
「私は手っ取り早くこの異変を解決したいだけだし、それは貴方も同じでしょう?」
「確かに私も、こんな事件は早く片付けて邸に戻りたいけれど」
「そう。貴方がいれば早く終わるわ、十六夜咲夜」
 少女の周囲に浮かぶ人形たちが「そうだそうだ」と言わんばかりにうなずきあう。
 けれど、アリス=マーガトロイドの言葉は正確ではない。嘘ではないが真実を全て述べているわけでもない。
 咲夜相手なら大事な魔道書をエサにする必要もないからだ。

「ちょっとちょっと、そこの二人」
 縄張りを侵されたと思って襲いかかってくる妖怪などを退けながら、仲良く空を駆ける二人を、闇の中から声が呼び止める。
 振り向くと、影だけが幽かに浮かび上がっている空間に、突然ぽっと明かりがついた。
「なんだか騒がしいと思ったら……何をそんなに急いでるの?」
 蛍の妖怪、リグル=ナイトバグはにこにこと笑いながらふわりと二人の進路に割り込む。
 咲夜はつまらなそうに嘆息する。彼女は蛍の妖怪だから、自分の明かりに魅入って欲しいのだろう。だがそんなことをしてる暇などもちろんない。
「悪いけど貴方にかかずらわってる暇はないのよね」
 肩をすくめて訴えるアリス。
「そう言わずにさあ、楽しんでいきなよ」
 ケタケタと笑うリグルは、なおも二人の前に浮かび、大人しく通してくれようとはしない。
 咲夜は再び嘆息する。人の都合など考えず自分のやりたいことをやる。たいていの妖怪のそういう性分はこういう時などうんざりする。
「そいつの言った通り、付き合ってる暇は無いの」
 そう言って一歩(空の上ではあるが)進み出ようとした咲夜の目の前を、シュン、と何かが横切る。
 蟲だ。
 咲夜は三度嘆息する。最初はあまりに小さく、そろりそろりとその音量を上げていたものだから、今の今まで気付かなかったのだ。今や意識を向ければはっきりと聞こえる羽音を上げて、リグルの周囲に浮かんで自分たちを睨む数え切れないほどの数の蟲に。
「やる気?」
「そうかもね」
 その返事に、咲夜の背後でアリスがあらあらと声を上げた。顔は見えないが多分いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべてるだろう。

「いいわ。さっさと楽しんで、さっさと片付けてあげる」
 肩にかかる髪を一度かき上げて、それから自分の得物、銀の投げナイフを手に握る。
「貴方の言う通りね。私もさっさと片付けたいから……協力してくれるかしら」
 アリスの手のひらが、とす、と咲夜の背中に触れ、その瞬間咲夜の全身がビクリと大きく震える。
「ちょっと!?」
「貴方ほど態度には出してないけど、私も急ぎたいのよね」
 己の五感を侵食する魔力。咲夜はいぶかしげに眉をひそめてアリスを振り返り、そこに張り付いた笑みを見てその意図に気付いた。
「こうすれば、とっても早く終わるでしょう」
「呆れた……呆れたけれど、まあ認めてあげる」
 咲夜は嘆息すると、身体から力を抜く。瞬く間にアリスの力が全身に行き渡り。
 そして『十六夜咲夜』は、消えて無くなる。

「何をごちゃごちゃやってるのさ。来ないならこっちから行くよ!」
 リグル=ナイトバグの周囲に光源が現れる。それは夜に慣れた目にはまぶしいほどの光を放つ蛍の妖怪であり、彼女に使役される式神であった。
「行け! 灯符『ファイヤフライフェノメノン』」
 その掛け声に呼応してリグルの周囲を飛ぶ蛍たちの光が一段と激しさを増し、

 次の瞬間、か細い断末魔の声を発して墜落を始めた。

「え?」
 顔いっぱいに惑乱の感情を広げたリグルに、しかし状況を理解する時間は与えられなかった。アリスが自分の周囲に展開した七体の人形が、蛍たちの光にも全く劣ることの無い激しさの、七色の光弾を浴びせかけてきたからだ。
「ひええっ」
 悲鳴を上げながらも光の弾丸をかいくぐり、リグルは再び式神を呼び出す。だが呼び出された蛍はまたしても、瞬きひとつの間に全て撃ち落とされる。
「……っ!」
 今度は幾分状況が飲み込めた。闇の落ちた地面に吸い込まれていく蛍たちの全てに、深々と突き刺さった銀色の短剣が見えたからだ。
 リグルは正面を見据える。いた。不敵に笑いながら人形を操るアリスの傍ら、両手にナイフを握ってがっくりと俯く銀髪のメイド。
「二人がかりなんて卑怯な!」
 自分に向けられた糾弾に対して、しかしアリスは鼻で笑う。
「二人がかり? 何を言っているのかしら。今は私一人しかいないじゃない」
「バカにするな! そこの人間は何よ!」
「人間?」
 リグルがメイドを指差すと、アリスはくつくつと笑う。そして『それ』を引き寄せると、銀色の髪をつかんでぐいと引き起こす。

 露わになった顔は最高級の白磁のように整って美しく、結ばれた口元にはわずかに微笑が描かれている。そしてアリスの手に導かれるがままにリグルに向けられている瞳は、まるで最高級のサファイアのように青く深く、無機質の光をたたえている。
 美しく、しかし生者の活力をまったく感じさせない、アリスの周囲を漂う者たちと同じ貌。

「これは私の人形よ」
 アリスの言葉に合わせて、『人形』の身体がぐりんと動く。脱力した全身が見えない糸で吊られているかのように折れ曲がり、完全で瀟洒な礼をリグルにして見せる。
 リグルの背中を冷や汗が伝い、その数十倍の速度で戦慄が全身を駆け抜けた。
 この時になって彼女はようやく気付いたのだ。自分が間違っていたことに。目の前にいる魔法使いは、決してたわむれで茶々を入れるような相手ではなかったということに。
「所詮蛍の光は一色。その力は今の私の一割二分五厘に過ぎない」
 七体の人形が腕の間に光を宿し、一際大きなもう一体が両手にナイフを構える。

        キリングシルバードール

「幻操『銀毛の殺人人形』」

 八色の人形使いがそう呟いた瞬間、リグルの視界いっぱいを七色の光弾が埋め尽くし、その光を映して無数のナイフが輝いていた。
 妖怪蛍の絶叫は、こんどこそ音にならなかった。



「いだだだだだだだ!!」
 幻想郷の空を駆けながら、十六夜咲夜は金色の毛を引っ張っている。
「な、何よ。早く終わったのは確かなんだからー」
「ええ。それについては認めてる」
 すまし顔で、なおもアリスの髪の毛をひっぱる咲夜。その澄ました表情とは対照的の、苦痛の表情をアリスは浮かべている。
「でも私の髪の毛を引っ張ったのは許さない」
「な、何よ。どうせ痛みどころか感覚すら無かったでしょ」
「でも不愉快だわ」
 ようやくアリスを解放すると、咲夜はふわりと飛んで彼女と肩を並べ、その渋面を横目で見て。
 生気に満ちた口元を微かに上げる。

「ほら見なさい、髪の毛が崩れちゃってるじゃない。いつも完璧にセットしているのに」
 夜はまだ長い。この先誰に会うとも知れない道行き。
 ならば常に完全で瀟洒であるべきなのだから。


後書き

 すし〜さんの「すし〜のあぷらじっ! Vol.27 〜東方ラヂヲ 6th Stage〜」のでたコンにて、「コラボレーション」というお題に沿って書いたものです。
 今回はそんなに大きくせずに、さっくりと読めるサイズで。

 「東方永夜抄」では人間と妖怪が二人組になってるので、それに沿ってIfペアで一本書いてみました。
 ずばり「人形組」。操る者と操られる者。

 頭の中では「銀毛の殺人人形」はアリスのスペルカードなんですが、彼女のスペカ名って「妖々夢」では原則漢字、「永夜抄」では一転完全にカタカナと一貫性が無いので、ならばいっそと両方表記にしました。htmlだから出来る荒技です。貴方のブラウザはアスキーアートずれませんよね?
 ちなみに妖怪モード(アリスメイン)なのに式神が撃墜出来るのは、人形組の特殊能力ってことで(笑)

 扱いが完全に当て馬のリグルにはごめんなさい。

 ちなみに今までは背景色に桜を模したMistyRose、文字色を夜になぞらえMidnightBlueと、「妖々夢」をイメージした色設定だったんですが(内容も「サクラサク」以外は「妖々夢」メインですし)。
 今回は「永夜抄」話なので夜空(背景MidnightBlue)に星明かり(文字色Snow)でお送りします。

 何はともあれ。
 ここまで読んで頂いたことに、心から感謝いたします。
 ありがとうございました。

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