幻想郷の片隅に位置する、プリズムリバーの屋敷。
 館の住人たちがいる間は片時も音楽を絶やすことのないその屋敷からは、今宵も三色の音色が響いていた。

「そろそろ、一休みしようか」
 ルナサ=プリズムリバーがそう言って肩からバイオリンを下ろすと、彼女の妹のメルランとリリカが、はーっと長い息を吐いた。
 それから彼女たちも、手にしていた楽器――トランペットとキーボードを、思い思いの場所に置いた。
「ルナ姉〜、最近練習きつくない〜?」
 さぞ肩がこりましたと訴えるように自分の手でぐにぐにと揉みしだきながら、リリカがだるそうな声を出す。
「リリカは普段から練習不足。だからこれくらいで音を上げる」
 ルナサの答えはにべもない。リリカは椅子にとすっと腰を落とすと、うえぇ〜と情けない呻き声を吐いた。

 彼女たちは騒霊であり、騒霊楽団である。
 何か宴があればそこへと出向き、その見事な音曲の腕前を披露することこそ、彼女たちの生業。
 故に、例え演奏の舞台が無くても、彼女たちは常にその技量を高め保ち続けるべく、日夜このように練習に励んでいるのである。
 そして今夜も、三人はいつものように、自分たちの音を合わせていた。
 いつものように始まった練習は、それまでいつもと同じように続いていた。

 その「いつも」を壊すのは。
「ねえねえ、姉さん、リリカ」
 たいがい、プリズムリバーの次女、メルランである。

「ん?」
 二人が揃ってメルランの方を振り向く。彼女は窓枠に寄りかかって、夜のとばりを下ろした幻想郷の空を見上げていた。
「星がすごく綺麗よ。ちょっと外に出てみないかしら?」
 メルランは姉と妹に微笑みかけながら、窓の外をすっと指さす。
「さんせいさんせーい」
 ぱっと椅子から立ち上がったリリカが、きゃーっとわざとらしい嬌声を上げながら窓際に走り寄る。休憩時間を一分一秒でも長く引き延ばしたいが為に。
「メルランはともかく、リリカは休み時間を延ばしたいだけじゃない?」
 そして姉の指摘に図星を突かれ、うぐっと呻く。たまには鋭いじゃないかと指摘しながら、リリカは窓の外の空をちらっと見上げて。
「……ねえ。練習はちゃんとするから、外、出ない?」
 今度の妹の言葉には、ルナサは少しも演技の色を感じなかった。
 だから彼女も窓に近寄り、妹たちと同じ空を見上げる。
 そして、彼女らしい落ち着いた手つきで、窓を開けた。

「きゃーっ」
 混じりっ気の無い、心の底からの歓声を上げて、メルランがくるくると宙を回りながら、夜空へと両手を伸ばす。
「あははっ。凄いねえ」
 リリカも、彼女にしては珍しい、素直な笑顔を浮かべて、星が満天を埋め尽くした夜空を見上げている。
「……そういえば、今日は七夕ね」
 ルナサは妹たちの少し後ろで、感心に細めた両目に、夜空を横切る星の川を映していた。

 夜空の主役の座を自ら譲り渡したかのように、月は針のように細く。
 けれど、瞬く星々の放つ光は、満月の夜よりなお明るく、地上を照らしている。
 今宵のみを限りに姿を現す、天上の光の川に、少女達はしばし、声もなく見入っていた。

 「いつも」を壊すのは、大概が次女メルランの役目であったが。
「メルラン、リリカ」
 今夜は、ルナサがその役割を買って出た。
「ここに楽器を持ってこない?」
 普段は生真面目な彼女も、根っこの部分は騒霊なのである。楽しいから音を出すし、音を出すから楽しい。
 なら、静かに眺めていても楽しいこの星空の下で、各々が楽器を奏でてみたなら、それはどれほどに楽しいだろうか?

「賛成っ!」
 やはり根っこの部分が騒霊の次女と三女の声が綺麗に唱和する。
 それから、三人は我先にと、屋敷の音楽室へと駆け出した。

 自分たちの楽器を手に手に、三姉妹は再び星空の下へと舞い戻る。
「じゃ、まずは一人ずつね」
 そう言って、ルナサが弓を構える。そして鋼の弦の震える音が夜空に響き、幅広く緩やかに、優しく流れる音の川となって虚空へ溶け込んでいく。
「次は私ね」
 歌口に唇を当てたメルランが、トランペットの朝顔をくっと天に向ける。快速で陽気、高らかに響く澄んだ音色が、夜空を閃光のように貫く。
「うぇえ〜。二人ともいい音出すなあ……負けるかっ」
 リリカの指が鍵盤を叩く。左手はゆるやかに、右手は穏やかに早く。目の前の夜空のように広がるバスの中に、鮮やかな音色のメロディがきらきらと瞬く。
 三者三様の音を奏でてから、互いがそれぞれの音に対して、ささやかな拍手。

「じゃあ、次は合奏ね」
「何弾く?」
「うーん……じゃあ天の川にちなんで、スティジャン」
「あれは短音階だから、今の気分には……」
「それじゃ、長音で弾けばいい」
「わあ、新曲」
「そうね。じゃあタイトルは……天の川にちなんで、ミルキー」
「いや、それはあいつっぽいからダメ」
「それもそうね」
 顔を見合わせてくすくすと笑うと、誰からともなく自然に、自分の楽器を構え直した。

 普段よりも軽快なタッチで、リリカが前奏を弾き始める。
 ルナサとメルランは一度視線を交わらせると、それで互いのタイミングを合わせ、弦に弓を当て、歌口に唇を添え、一斉に音を紡ぎ出す。
 その瞬間、プリズムリバー邸の庭先は、満天のギャラリーが見下ろす、彼女たちのステージへと変わる。


             cantabile   brillante   espressivo   giocoso
 少女達の音色は、歌うように、華やかに、表情豊かに楽しげに。
 天に瞬く星の川。地には輝く音の川。




後書き

 第二回東方最萌トーナメント跡地にて行われた『七夕』をテーマとした何でも大会で寄稿した作品です。

 実は、普段は野外演奏はあんまりしないイメージなんです。
 練習はもっぱら室内、屋敷の音楽室。
 彼女たちの音は無造作にばらまくと色々なものを寄せてしまうから、というようなことを考えているのかいないのか、まあなんとなく。

 ラストシーン書くに当たってはWikipediaで演奏記号を調べまくりました(笑)
 ルビ振ってるのは合奏のところだけですけれど、ソロのシーンでも各人一箇所ずつ(あ、リリカは二箇所)そのような言葉を使ってます。気付いた?

 何はともあれ。
 ここまで読んで頂いたことに、心から感謝いたします。
 ありがとうございました。

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