魔法の森の片隅に、澄んだ音色が響く。
 晴れ渡った青空の遥か彼方まで届くかとも思わせる、純粋でまっすぐな音色。まるで世界の隅々までを照らす太陽光のような。
 メルラン=プリズムリバーの奏でるトランペットの音色を聞くたびに、アリス=マーガトロイドはそう思うのだ。

 演奏が終わり、トランペットを下ろしたメルランが一礼する。
 少女の頭が上がるより先に、アリスは自分の両手を打ち鳴らして、己の感歎の意をメルランに伝えた。
 アリスの動きに合わせて、彼女の周囲の人形たちも自分の手を打ち合わせる。
 彼女たちの手は柔らかすぎて、ぽふぽふという音にもならない音しか立てないのだが、その仕草の示す意味は勿論、拍手の対象には伝わっている。
 その証拠に、頭を上げたメルランは、拍手する人形たちに向かって嬉しそうに笑って見せた。

「素敵な演奏をありがとう」
 マーガトロイド邸の庭で行なわれたリサイタルの主催者であり依頼者であり人形以外の唯一の観客であるアリスは、もう一度賛辞を表すと、メルランを庭の一角へと誘った。
 キッチンに近いその場所には小さなテーブルが出されていて、周囲では先回りした人形たちがいそいそとお茶の準備を進めている。
 演奏の礼のひとつとしてお茶を振る舞う。それがプリズムリバーを招いた時の、アリスのいつものもてなし方。

 このトランペッターとアリスの最初の出会いは、いつかの宴の最中だった。
 たまたま少々晴れない気分を抱えていたその時に、彼女のトランペットの音色を聞いて、すごく気分が落ち着いた。
 それ以来、彼女とはそれなりに親しく付き合うようになり、時々はこうして自分の家に招いたりもしている。
 特に、研究が行き詰まったり、新しいスペルのアイディアを思いつかなかったり、すっきりとしない気分がしばらく続いた時など。
「やっぱりメルランの演奏は聴いていて気持ちがいいわ。胸の中のもやもやを全部吹き飛ばしてくれる」
 アリスの言葉に、メルランはにっこりと笑う。
「そう言ってくれると、嬉しいなあ」
 本当に、心底嬉しそうに笑う。



 アリスがメルランを好ましく思う理由の大きな部分は、彼女の笑顔だと思う。
 こうして向かい合っているだけで、そんじょそこらの鬱陶しい気分などは光に照らされた薄闇のようにかき消えてしまう笑顔。
 彼女の奏でるトランペットの音色のように、彼女のかぶる帽子についている装飾のように、まぶしく輝く太陽を思わせる笑顔。
 見ているだけで自分も楽しくなってくるような、満面の笑顔。

 一度、その笑顔のあまりのまぶしさに、アリスはこんなことを言ったことがある。
「メルランは本当に悩みとか無さそうね」
 いつもにこにこと笑っている彼女の様子から思っていたことを、そのまま口に出した。
 すると彼女は一旦宙を見上げて考え込み、それからぷんぷんと首を横に振った。
「悩みごとなんていっぱいあるよ」
「へえ。例えばどんな?」
 いつもあんなに楽しそうな笑顔を浮かべている彼女がどんな悩みを持っているのか、興味がわいた。

「一番の悩みは、やっぱり良い音の出し方かな。
 私は騒霊だから、私の奏でる音色を聞いたみんなに、楽しい気分になってほしいから。
 どんな音を出したらみんなが楽しんでくれるのか、毎日悩んでるよ」

 彼女の悩みは、やっぱり彼女らしいものだと、その時のアリスは思った。
 そして、メルランが続けた言葉に、その時のアリスはひどく反応に困った。

「だから、私の演奏を聴いて楽しいと思ってくれると、私はすごく嬉しいの。
 ああしたらいいのかな、こうすればどうかしら、そうやって毎日悩んでる甲斐があったっていうことだから。
 今日はいっぱい楽しんでくれて、ありがとう、アリス」
 そう言ったメルランの見せる笑顔は、うろたえる自分の反応を楽しんでいるとかいったひねくれたものではなく。
 本当に、自分の演奏でアリスが喜んでくれたことを心の底から嬉しく思っている笑顔で。
 だからアリスは余計に狼狽えた。



 まあ、彼女の浮かべるそれのような裏表の無い笑顔は、この幻想郷ではなかなかお目にかかれるものではないので。
 以来アリスは、メルランや彼女の姉妹の演奏に対しては、素直に賛辞を述べるようにしている。
「そう言ってくれると、嬉しいなあ」
 まぶしく輝く太陽を思わせる、素敵な演奏と素敵な笑顔。
 それはとてもとても好ましいものだから。




後書き

 気が付いたら一年以上前に書いたヤツです。
 ふと気付いたらhtml化してないテキストファイルがあったのに今日気付いたんでそのまま上げました(エーッ!?)

 とどのつまり訴えたいのは「いやっほーう! メルアリ最高!」ってことですなあ。

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