白玉楼公園。
 幻想郷の某所にあるこの巨大な森林公園は、元はここ白玉楼の持ち主である西行寺家の私有地であった。
 しかし、西行寺家はしっかりと手入れがなされたこの広大な庭園を自分たちだけが独占するべきでは無いと考え、多くの人々の憩いの場所として開放しているのである。
 特に春になると園内のいたるところに植えられた桜がいっせいに花を咲かせ、そのため桜の名所としての知名度は全国に届いていた。
 入園料は大人400円、中学生以下200円。年中無休24時間営業。
 西行寺家の貴重な収入源である。

 私営幻想郷線紅魔館前駅から電車で揺られること30分余。白玉楼公園駅で下車した十六夜咲夜は、改札から入園口までごった返している人の群れを目にして、すっかり暗くなった空を仰いではあ、とため息をひとつ。
「ああもう、なんでこんなに人が多いのかしら。さっさと入園と願いたいものだわ」
 咲夜はレミリア=スカーレットとその妹フランドールの手をしっかりと握った。はぐれたら大変なことになりそうだからだ。もちろん周りが。
 レミリアは空いた片手でパチュリー=ノウレッジの手をしっかりと握った。はぐれたら大変なことになりそうだからだ。もちろんパチュリーが。

「大人1人と子供3人」
 受付窓のスキマに千円札を1枚すっと差し入れる完全で瀟洒な従者を、しかし受け付けのレティ=ホワイトロックはじろりと見た。
「ちょい、待って。中学生以下は200円だけれど、だいたい500歳とだいたい495歳とだいたい100歳は大人料金よ」
 咲夜は舌打ちをひとつ。しぶしぶ600円を財布から取り出して先に出したお札の上に並べた。「まいどあり」と入園チケットを差し出すレティ。それを受け取りながら、
「受付、目ざといなぁ。次はもっと節穴の受付を探さないとね」

 入場ゲートでは、押し寄せる人並みを相手にチルノがたった一人で獅子奮迅のチェックをして行なっていた。
「あんた、ちったあ待ちなさい! ちゃんとチケット見せて! そこ、割り込まない! すぐに見るから! こらちゃんと並べ! 亜米利加牛と一緒に冷凍保存するゾ!」
 いっぱいいっぱいだった。

 園内はやはり人でごった返していた。方々で響く歓声、嬌声、怒声、たまに弾幕。
 咲夜はちらと傍らを見る。レミリアはさして興味もなさそうなすまし顔。フランドールは空気に当てられたかうずうずした様子、今にも走り出しそう。パチュリーは……ああ、早くもくらくらしている。早いうちに落ち着いて花見の出来る場所を探さなければ。それこそ時間を止めてでも。
「ここで迷子になったら最後!」
 間近で不意に響く声。目の前で猫耳の少女、橙(チェン)がぴょこんと手を上げていた。確かにその通りだろう。特にパチュリーなど文字通り最後になりかねないかも。
「それはさておき、白玉楼公園へようこそ。
 お客さん、着きたてのほやほやね? ちょうど桜が見頃の場所を知っているんだけど、案内したげよっか?」
 咲夜はぐるりと周囲を見回す。この中からのんびり座れる場所を探すのは一苦労だと判断して、「お願いするわ」と答えた。
 変なところに案内されたら金銭の代わりに金物を渡してやればいいだけのことだ。


「しばらくぶりに来たけれど、いつ見ても綺麗な場所ね」
 アリス=マーガトロイドは頭上を覆い尽くす桜花の群れをうっとりと並べながら歩いていた。手には先ほど屋台で買ってきたお好み焼きと焼きそば。足元には自分の歩調に合わせてちょこちょこ動く可愛らしい人形たち。七色の人形使いだって、この季節には儚い薄紅一色の気分に染まりたいのである。
 既に先だって場所取りを済ませておいた場所へ向かって、既に宴も盛りの集団の間をひょいひょいと通り抜けていく。満開の桜の下を歩けば自然と心は上機嫌、足取りは軽妙。ただし、たまに可愛い人形を狙って子供が手を伸ばしたりしてくるので、その時だけはさりげなく全力で阻止。
 だが、最後の目印である緑色のベンチの先を見たアリスは、自分が場所取りをしていた筈の木の下に信じられないものを見た。
 そこにあったのは、いやいたのは、真っ黒なシートを広げて、ぽけら〜と桜を見上げているのんきそうな女の子。
「ちょっとあなた。ここは私が先に来て場所取りしてたのよ」
 上機嫌も一気に吹っ飛んだアリスは厳しい顔で詰め寄る。だが詰め寄られた宵闇の少女ルーミアは、きょとんとした顔で、
「目印無かったよ」
「ちゃんと置いておいたわよ。ええと……ほら!」
 シートの隅に追いやられていた人形を取ると、両手でつかんでルーミアに突き出して、
「この子がちゃんと置いてあったでしょ。目印に」
「そーなのかー」
「そーなのかーって、これが目印以外の何に見えるの」
「聖者は十字架に磔られました?」
 アリスの手に抱かれて人形は両手を広げたポーズをしていた。
「……とにかく、ここは私が先に取った場所なんだからどいて頂戴」
「やだよー。また場所探すの面倒だもん」
「そんな理由が人の場所を取った言い訳に──」
 エキサイトしたアリスがルーミアにつかみかかろうとしたとき。
 彼女の視界いっぱいにぱっと桜の花が咲いた。
「……へ?」
 何かと振り返ると、そこには顔いっぱいに笑顔を浮かべている少女が立っていた。ひらひらと動く白いスカートの裾が何故だか春風を想い起こさせて、
「春が来ましたよ〜」
 彼女が両手を広げると、桜の花びらがアリスの眼前でぱっと舞う。そうか、さっき自分の頭や肩に降りかかってきた花びらも彼女がまいていたものなのかと、その時になってアリスは気付いた。
 視線を元に戻すと、座り込んだルーミアがきょとんとこちらを見上げていた。その頭や身体にも、少女がまいた花びらが降りかかっている。ルーミアの黒いワンピースに落ちた花びらは、もうひとつの夜空とそこに咲く桜花にも見えた。
 ふぅ、とアリスは肩から力を抜いた。こんなところで諍いを始めたらお花見気分も台無しだ。一人で見ても二人で見ても、桜はこんなにも綺麗なのに。
 多分私に桜の花びらをふりかけた少女も、喧嘩しないで花見を楽しみなさいと諭すためにそんなことをしたんだろう。
 一言お礼をともう一度アリスが振り向いたとき、彼女はもうそこにいなかった。少し離れたところからさっきの声がきこえる。人並みの中にかすかに見えるとんがり帽子に向かって、アリスは小さくありがとうと声を発した。
「それじゃ、隣座らせてもらっていい? 一緒に桜見物」
「いいよー」

 もちろんリリーホワイトは単に春が来て桜が咲いているのが楽しいだけでアリスが考えたような思惑などこれっぽっちも無かったのである。
「春が来ましたよ〜」


「せっかく春が来たのになあ」
 紅魔館の門前で、紅美鈴ははぁ〜と大きなため息をつく。
 お嬢様らが夜桜見物に出ようとも天体観測に行こうとも三泊四日の温泉旅行に赴こうとも、この紅魔館の門を守り狼藉者の闖入を防ぐのが彼女の役目。主人の寝床を守るという誇り在る仕事なのである。
 なのであるが。
「私も花見行きたい〜」
 誰もいないと思って情けないぼやき声を上げてみたら、背後からケタケタと笑い声が聞こえる。驚いて振り返ると、
「……なんだ、アンタか」
「お役目ゴクローサン」
 黒いロングスカートを着た赤毛の少女がにやにやしながら敬礼なんぞしてきた。普段は館内の図書館で何かしてる奴だ。いつも軽薄に声をかけてくるので上機嫌の時は楽しい相手だが不機嫌の時は気に障る少女だ。名前は……なんだったっけか。
「あんたは一緒に行かなかったんだ」
「んー。パチェが心配だから一緒に行こうかなと思ったんだけど、メイド長が一緒なら大丈夫だと思ったからパスした」
「えーなんでー」
 美鈴はあんぐりと口を開ける。咲夜などが見たら「みっともない顔をしない」と眉をひそめられそうなところだが、相手が相手なので気にしない。
 一方、訊ねられた赤毛の少女はにんまりと邪悪な笑みを浮かべる。こちらは誰に対しても割とこんな顔をする。
「だって、お嬢様も妹様も小うるさいメイド長もいないのよ? 屋敷の中でなんでもし放題じゃない」
 そう言って彼女は、それまで美鈴から死角にしていた右手をひょいと上げる。その手に握っていた酒瓶が、しんと静かな紅魔館の正門前でちゃぷんと音を立てた。
「あんた、それ!」
「倉庫から失敬ー♪」
 改めて美鈴は少女の顔を観察してみる。ほんのり朱が指している。私が真面目に仕事をしている間にコイツはなんてことを。
「パチェもいないから図書館で騒いでも誰にも何も言われないしねー♪ あーん楽しい、留守番楽しいよー」
 そう言ってその場でくるくると回り出す少女。だいぶ出来上がっているようだ。
「アンタも来ればー? どーせ誰も来やしないってー。楽しくやろーよ、ねぇ?」
「むぅ」
 美鈴は唸る。その言葉は悪魔の誘惑めいて極彩色に輝き、美鈴の理性を猛烈に穿っていた。だが私は由緒正しきスカーレット家に仕える門番。どんな時でも責務を全うしなければならない。例えお嬢様が私を放って楽しくお花見してたって
「行く」
「おっけぇ〜」
 赤毛の少女はがしっと肩を組んで、景気付けだとばかりに美鈴に向かって酒瓶を突き出す。美鈴はそれをガッと受け取って豪快にラッパ飲み。
「よっしゃあー! 今夜は騒ぐぞー!」
「その意気よー!」
「お嬢様がなんだー!」
「メイド長がなんだー!」
 二人で夜空に拳を突き出しながら屋敷へと向かう。と、「そういえばさー」と赤毛の少女が美鈴の方を向いて、
「アンタなんて名前だっけ」
 さて、この後二人は空が白む頃に帰ってきた咲夜にきっついお仕置きを受けるのだが、それはまた別の話。


「ふんふ〜ん、ふんふん」
 案内のネコミミ少女を見失わないよう気を張って歩いていた咲夜の耳に、不意にフランドールの鼻歌が飛び込んできた。
「あら、その歌」
 レミリアが反応する。咲夜もフランドールの奏でたメロディは知っていた。よくテレビで耳にする、最近流行りらしい歌だ。
「向こうの方から聞こえてきたのよ」
 フランドールが指し示した先にレミリアも意識を向ける。妹の言う通り、楽器の音色に合わせて歌っている声がかすかに聞こえた。演奏もこの場で行なわれているらしい。
 ちなみに咲夜とパチュリーはそれどころでは無かった。咲夜は人混みの中で橙を追うのに一生懸命だったし、パチュリーは自分の意識を保つのに一生懸命だったからだ。

 レミリアとフランドールが意識を向けた先で、舞い落ちる桜の花びらを身体いっぱいに浴びながら、ルナサ=プリズムリバーは一心不乱にヴァイオリンを奏でている。
 彼女の黒い衣装は、その上に舞い落ち留まった桜の花びらがよく映えた。メルランの白やリリカの赤い衣装に比べてだいぶ目立つが、たまにこれくらいの役得は良いだろうと本人は思っている。
 ヴァイオリン、トランペット、キーボード。一見さんからすれば花見会場には甚だ相応しくないように思えるが、初めてこの場で演奏した時から彼女らの音曲はたちまち場の雰囲気に溶け込み、周囲をわかせ、今ではすっかり白玉楼公園の名物のひとつとなっていた。
 メルランのトランペットが一際大きな声で歌う。ルナサは心得たもので自分は音量を下げ、他の演奏を引き立てに回る。ちらりと傍らを見ると、リリカが不敵に笑いながらメルランの音に正面から対向する。「おお、アドリブ合戦だ!」聴衆の中から歓声が上がった。
 プリズムリバー姉妹の演じる舞台はいつもこのようなもので、事前に演目を決めることなど少ししかない。膝が崩れ楽器が持てなくなるまで、好き勝手に音色を振り回し続けるのである。
 けれど、今年はそのスタイルをちょっと変えることにした。
 メルランとリリカが視線を合わせ、同時に音を止める。激しさが際立っていた二人の演奏の余韻に完全なピリオドを打つため間髪入れずルナサは弓を滑らせ、そして「間奏」が終わる。
 ヴァイオリンの音色に乗って、響く歌声。
 今年の三姉妹のステージには、4人目の演奏者がいる。
 身体の前で両手を組み、大きく口を開いて喉を震わせる。彼女の声が充分に響き渡るのを機に、リリカとメルランが静かに演奏に復帰する。歌いながら少女がギャラリーに向けて手拍子を催促し、すっかり彼女の歌とルナサらの演奏の虜になった者達が我も我もと頭上で手のひらを打ち鳴らす。
 例年とはひと味違う編成となった演奏は、例年とはひと味もふた味も違う盛り上がり方を見せていた。
 だが、実のところこの歌姫のことをルナサはまったく知らない。名前すら知らない。
 メルランも知らないと言っていた。リリカの交友関係は把握しきっていないが多分知らないだろう。彼女が最初にステージ上に上がった時に、きょとんとした目をしてたから。
 分かるのは、歌が上手いということと、鮮やかな緑色の髪に似合いの青いワンピースは姉妹のカラーとかぶらなくて良いなってこと。
 自分たちの演奏に合わせて歌を口ずさんでいたのを耳ざとく発見したメルランが笑顔で手招きしたら、ぴょんと自分達の横に上がってきたのである。小声で「知り合い?」と訊ねたら笑顔で首を振られた。「楽しそうかなと思って呼んだ」。実にメルランらしい理由にはいつものことながら驚き呆れたものだった。
 だが、悪くは無い。たまには私たち3人以外の音を一緒に重ねてみるのも良いものだ。
 歌が終わりに近付く。名も知らぬ少女にリリカが肩を並べ、鍵盤を叩きながら一緒にハモる。歌詞が終わった瞬間に少女がリリカに小さく囁き、うなずいたリリカのかぶった帽子がゆらりと動く。
 どうやら次の曲が決まったようだ。


 公園の一角、庭園中を見下ろすような高台に居を構える西行寺の屋敷。
 その縁側で、屋敷の主である西行寺幽々子と、西行寺家に仕える庭師の魂魄妖夢は、庭園にあふれる人と、桜と、桜並木の中でも一際大きい姿を誇りながら一片の花弁すらつけていない一本の大樹を、茶碗を並べて眺めていた。
「今年も咲かなかったわね」
 西行妖、そう名付けられた咲かずの桜を見つめながら、幽々子はぽつりと言った。
「申し訳ありません。私の手入れが至らないばかりに」
 妖夢が頭を下げる。この小さな少女は、しかし外見と裏腹に白玉楼公園の草木の管理業務における最高責任者である。
 萎縮する妖夢に向けて幽々子はかぶりを振って見せると、
「あなたのせいではないわ。妖忌の頃から、一度だって咲いてみせたことは無いもの。
 きっとあの木は、そういう樹なのよ」
「お嬢様……」
 妖夢も知っていた。先任を勤めていた魂魄妖忌から庭園の管理を引き継ぐときに、あの桜の木が花をつけたところは自分もただの一度しか見たことが無いと聞いている。そして、あの桜はもう二度と咲くまい、とも。
 幽々子は茶碗を取って、淹れたてのお茶を口にした。身体の内に広がる熱を呼気と一緒にほう、と逃がして。
「……犬を一匹叩き殺して火葬にした灰を撒いたりすれば咲くかしら」
「それは……どうでしょう」
 妖夢は引きつった愛想笑いで答えるしかなかった。


「っくしゅ!」
「あら咲夜、風邪でも引いたの?」
「いいえ。夜風に当たって少し身体が冷えただけだと思います」
 自分の表情を伺うレミリアに、咲夜は笑顔で「だいじょうぶ」と伝えた。「そう」とだけうなずくお嬢様の態度は素っ気なく見えるが、それでも自分の身体を心配してくれただけで咲夜には嬉しかった。
 橙に案内された先は人気が適度に少なく、まさに桜見物の穴場であった。橙に相応の駄賃(もちろんナイフではなく普通のお金だ)を与えて見送ると、取り敢えず咲夜は紅魔館からずっと背負っていた包みを広げる。出てきたのは五段重ねのお重、その中身は彼女が昨晩から仕込みを始めていた花見料理の数々である。
「気をつけた方がいいわよ。今年の風邪はたちが悪いから」
 パチュリーも自分を気遣ってくれたのか、そんな言葉をかけてくれる。咲夜はその気持ちに甘えて素直に受け取ることにする。なのでまず貴方が気をつけて下さいとは口には出さない。
 入園当初は人ごみに酔っていたパチュリーも、見頃の桜の木の下に腰を落ち着けてからは調子を取り戻したようだ。もっとも視線はもっぱら頭上ではなく、持ってきた本に落とし続けている。ビブリオマニアも度が過ぎると思うのだが、こんなところでも本を広げる故にビブリオマニアなのかとも同時に思う。
「今年の風邪はタチが悪いか。毎年聞くよな、そのフレーズ」
「やっぱり出たわね」
「営繕係だからな」
 よう、と片手を上げて、霧雨魔理沙がやってくる。大方、紅魔館の面々で確保した花見スペースにちゃっかり居座って、ついでにメイド長力作のお重の中身をくすねようという腹だろう。相変わらずちゃっかりしていると、咲夜は嘆息した。
「今年の風邪は本当にタチが悪いわよ。人間だけでなく鶏にも感染するわ」
「なるほど。それなら犬にも伝染するかもしれないな」
「誰が犬よ」
「反応したってことは、誰のことかは分かってるってことだろ」
 言葉に詰まる咲夜を魔理沙はケケケと笑う。
「そういえば、霊夢は一緒じゃないのね」
 レミリアが訊ねると、魔理沙は肩をすくめて見せて、
「アイツがいるわけ無いだろう。あの貧乏神社の賽銭じゃ入園料はまかなえまい」
 かっかと笑う少女のほっぺが、彼女の背後から伸びた手にぐにっとつかまれる。
「馬鹿にしやがって〜」
「いひゃいいひゃい」
「あら、噂をすれば」
 白黒の頬から手を離して、噂の紅白は腰に手を当てながらふんっと息を吐いた。
 それから霊夢は、足音に置かれていたビニール袋をひょいと手に取って、
「せっかく紅白饅頭を持ってきたけど、魔理沙にはやらない」
「せっかくだから私はその紅い饅頭を食べるぜ」
「あげないってば」
 ビニール袋に向かって伸びてくる魔理沙の手をぺしっと叩く。
「それよりどうやって入ったんだ。まさか裏口を飛び越えて」
「屋台出してたのよ。紅白饅頭の」
 博麗神社名物、紅白饅頭。一箱300円也。
「桜の花見に、紅白饅頭……ねえ」
「あら、満開の桜の下で博麗神社の紅白饅頭を食べると、願い事がきっと叶うとか叶わないとか」
「そんな文句で売り出したの」
 心底呆れた、と目で呟く咲夜。フランドールが「絶対ウソだー」とけたけた笑って「叶うとは言い切ってないもの」と霊夢が反論したその時、不意に魔理沙が声を張り上げた。
「なに! 何故私には饅頭をくれないんだ」
「そんな音速の遅い人には、この饅頭はあげられないわ」


「ごきげんよう」
「いらっしゃい、紫」
 西行寺屋敷の庭に訪れた来客を、幽々子は笑顔で出迎える。
 妖夢がすぐさま新しい茶を3つ淹れ、そのうちひとつは猫舌の橙の為に不作法と知りつつも氷を放り込む。紫の少し後ろに立っていた藍がお盆ごと受け取って、丁寧にお礼を言った。
「今年も見事に咲きましたね」
「妖夢のお陰です」
 二人の少女は庭先に立ち、公園いっぱいに咲き誇る桜の木々を楽しそうに見つめる。と、
「ゆゆこさーん、一緒に食べよー」
 橙は両手いっぱいに抱えた屋台の食べ物を誇らしげに掲げる。
 それを見た幽々子は一瞬目を丸くしてから、
「藍。いくら何でも買い与えすぎでは無いかしら」
「いや。これは橙が自分のお金で買ったんですよ」
 橙は普段から(地主の知り合いという特権を活用して無料で入園し)この公園で転げ回るように遊んでいる。だからこの広い公園のどこに桜が植えてあってそれを観るのにどの場所が適しているかもよく知っていた。その知識を切り売りして得たお小遣いで橙が買ったものなのだ。と、藍はとてもとても得意そうに説明した。
 庭に出た幽々子の為に新しいお茶を淹れた妖夢が、主人の傍らに進みながら「なるほどね」と相槌を打つ。それからくすっと微笑んで、
「でも、藍は橙にいつも甘いから、そう誤解されても仕方が無いと思うわ」
 顔を赤くしながら「そ、そんなことは!」と否定する藍。「言い逃れは出来ないわよ」と妖夢がさらに茶化し、幽々子と紫はそれを楽しそうに見つめる。勿論藍を援護する様子はまったくない。事実だからだ。
「わ、私は! 厳しくする時はきちんと厳しくしてるぞ!」
「藍さまはいつも橙に優しいよ」
「ほらやっぱり」
 そろそろ藍の頭が沸騰しそうなので、幽々子はここでようやく助け船を出してやることにした。
「それじゃ、冷めてしまわないうちに頂きましょう。せっかく橙のごちそうになるんですから」
「それもそうね」
「では、庭に座を設けます。少々お待ち下さい」
 妖夢が一礼して屋敷の中へ入っていく。自分も手伝うと藍と、さらにその後に橙が続き、庭先には二人だけが残される。
 紫と、幽々子は、まず互いに視線を交わし、それからまた桜の森と、そこに集い騒ぎ遊ぶ人々を見つめて、
「こんなに桜が綺麗だから」
「こんなに桜も綺麗だから」
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」


 後書き。

 すし〜さんの「すし〜のあぷらじっ! Vol.22 〜東方ラヂヲ 2nd Stage〜」にて挙げられた「幻想郷と現実世界」というお題に沿って書いたものです。
 過日寄稿分から丸々抜け落ちていた三姉妹、中国、紅魔郷名無しーズのシーン追加。
 うっかりがっかり抜け落ちてたアリス登場からルーミアとの遭遇までのプロセスを加筆。
 他、ほとんどのシーンに加筆修正してます。
 ていうか様々な部分に手落ちがあるのでまじまじと見比べたりするのは禁止! 禁止だよう。・゚・(ノД`)・゚・。

 やっぱりあんまり現実世界っぽくなくないですが、ご容赦。
 あと時事ネタは風化した時辛いと思います。

 何はともあれ。
 ここまで読んで頂いたことに、心から感謝いたします。
 ありがとうございました。

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