弾幕天使フランドール 第26話「Farewell Scarlet」



 先週までのあらすじ!
 幻想郷を守るため、日夜弾幕怪人との戦いを続ける、弾幕天使フランドール・スカーレット!
 だが、彼女は今、復讐に燃える偽魔理沙の操る「ジャイアント博霊」によって番組放映以来最大のピンチを迎えていた!
 負けるなフランドール! 幻想郷の明日は君の肩にかかっている!



「あうっ!」
 ジャイアント博霊のばらまくざぶとんミサイルが至近距離で爆発する。
 衝撃に圧されながらも、フランドールは翼を広げて体制を立て直した。
「Hey you!! ちょこまか逃げ回ってばかりじゃ、このジャイアント博霊を破壊することは出来ないぜ!
 とっとと帰ってママのミルクでも飲んでなァ!」
 ジャイアント博霊の操縦席に、偽魔理沙の甲高い笑い声が響く。
「ちょっとばかり優勢だからって勝ち誇らないでね。私がただ逃げ回ってただけだと思ってる?」
 そう言ってフランドールはにやりと笑う。そして頭上高くに魔杖「スカーレットステッキ」をかざした。
 瞬間、紫色の光がジャイアント博霊の周囲に灯る。たちまち地面を埋め尽くす紫色の光は、まさしく収穫期のクランベリー畑を映した光景そのものだった。
「罠にはまったのはアナタの方よ。いつもみたいに吹っ飛びなさい! 禁忌『クランベリー・トラーップ!』」
 光弾が一斉にジャイアント博霊に迫る。その巨体ではどうしたって避けることなど不可能。フランドールは勝利を確信した。だが、
「ヒューハハハハ! 甘い甘いぜフランドール!」
 なんとジャイアント博霊は、その巨大な全身をすっぽりと覆うバリアを張った! 紫色の光弾は全てその壁に阻まれ、力と輝きを失って儚く消えてしまったのだ!
「Hey you!! コイツは絶対無敵バリア『デュアル・ボーダー』だぜ!!
 これまでの戦いの中で、私はお前の力を全て把握した! そしてお前の力では絶対に壊せない驚異のバリアを開発したのさ! ヒューハハハハハハハハ!!」
「なんて小癪な……っていうか、弾幕勝負にバリアを持ち出すなんて卑怯よ!」

「卑怯だって何だっていい!!」

 偽魔理沙の絶叫。あまりに不意のことだったので、フランドールも思わず動きを止めてしまう。
「今まで……私は、ずっとお前に負け続けてきた……そして、いつしか心から陽気に笑うことも出来なくなってしまったのさ……。
 今私が笑っていられるのも、フランドール……お前を追い詰めているからってだけだ……。
 You!! いいか……笑えない私に、いったいどれほどの価値がある? 意味がある……
 だから私は取り戻すのさ。もう一度、心から笑うことの出来る私を……!
 その為なら、卑怯でも邪道でも! バリアでもチキンボムでも! 何だってやってやるのさあ!!」

 ジャイアント博霊が口をガバッと開く。
「いけ、ナパーム陰陽玉!」
 その口の中から撃ち出された陰陽柄の巨大な爆弾を、フランドールは慌ててよける。
 少女の後背に着弾した爆弾は、その場で炸裂し、壮絶な爆炎を吹き上げる!
「ひどい……このままじゃ、幻想郷がメチャクチャだわ!」
「知ったことか! お前を倒せるなら、幻想郷などどうでもいいぜ! ヒャハハハハハ!」
 ジャイアント博霊はなおも暴れ回る。全身から放たれる座布団ミサイルをかろうじてかわすフランドール!
 少女の身をそれた流れ弾は方々で爆発し、黒煙を上げる。
 それはさながら地獄絵図。執念に己の身も心も捧げた偽魔理沙は、まさしく悪鬼羅刹となって幻想郷を焼いていた!
「許せない……許せないよ、偽魔理沙!
 私に恨みがあるのなら私一人を狙えばいい! なのに、何の関係もない幻想郷のみんなを巻き込むなんて!」
 フランドールの精神の高ぶりに呼応して、スカーレットステッキが炎に包まれる。弾幕天使の最強武器、魔剣レーヴァテインの封印が解放されたのだ!
「無駄だぜ! 例えその剣でも『デュアル・ボーダー』を破ることは出来やしねえ!」
 ジャイアント博霊の胸部に備えられた八基の砲台が、一斉にフランドールをとらえる!
「でも、攻撃の瞬間ならバリアは張れないでしょ! 自分の攻撃だって止めちゃうもんね!」
 炎を吹き上げるレーヴァテインに、フランはもう片腕をクロスさせる。そこから強烈な光が生まれ、十文字の刃を形作る。
「禁弾『過去を刻む時計』!!」
 フランドールの手を離れた十文字の刃が、猛烈な勢いで回転しながらジャイアント博霊に向かう!

 ごいーん。

「ええ〜!? なんでぇ〜!?」
「ヒューハハハハハハハハ! パスウェイジョンレーザー発射!」
 まさかの事態に動揺したフランドールに、針状のレーザーが殺到!
「きゃあああああっ!!」
 よけきれない! 無数の光に撃ち抜かれてボロボロになったフランドールは、そのまま地面に墜落する! 赤いスカートもあちこちが破れて、放送コードギリギリだ!
「そんな……どうして、バリアを張ったまま攻撃が出来るの……?」
「Hey you!! 頭がおかしくなっちまったか! 気付いてないなら教えてやるぜ!
 古今東西、STGの歴史の中で、バリアを張ったら弾が撃てなくなったなんてマヌケ野郎はほとんどない!」
「そ、そんな理屈〜〜」
 力無く崩れ落ちるフランドール。
「ヒャハハハハ! これで終わりだ、フランドール・スカーレット!!」
 テンション最高潮の偽魔理沙が、ドクロマークの描かれたスイッチを押す! もちろん自爆装置などではない、ジャイアント博霊の最強兵器の発射スイッチだ!
「夢にまで見たこの瞬間……You! 今こそお前を倒して、この私の夢想をお前の墓石と一緒に永遠に封印するぜ!
 アディオス弾幕天使!! 必殺『レヴァリエ・シーリング』ッ!!
 両腕を広げたジャイアント博霊の腋の下から八色の光弾が放たれ、フランドール目がけて一直線に飛ぶ!
(もう駄目……あんな弾をよける力、残って……ない……)
 がっくりとうなだれて、少女はぎゅっと目をつぶる。弾幕天使フランドール・スカーレット、絶体絶命――


 ズドォオオオオオオオオオン!!!


「ヒューハハハハハハハハハハハハ! 勝った、勝ったぞ、フランドール!
 これほど爽やかな気分は、初めてマスタースパークを撃った時以来だぜぇ〜〜〜〜!!
 どれ、潰れたカエルみたいに不様な姿のフランドールを、最後にゆっくり拝んでやるか……」
 偽魔理沙はジャイアント博霊のカメラを操作して、フランドールが倒れていた付近を注視する。
 レヴァリエ・シーリングの炸裂で上がった煙が、ゆっくりと晴れていき……

「なッ、なにィ〜〜〜〜ッ!?」

 偽魔理沙が見たものは、力尽きたフランドールの姿ではなく。
 身の丈推定4mはありそうな……少女の、背中だった。


「どうして……あなたが……」
 フランドールは呆然と、今自分の目の前に立っている少女を見つめる。
「私を助けてくれたの……ミッシングスイカ」

 フランドールの脳裏に、二週間前の出来事が鮮明に思い出される。
 鬼童少女ミッシングスイカ。乙UNくんを賭けての決闘。23時間に及ぶ激戦の果てにフランドールは彼女に勝利し、そしてスイカは姿を消した筈だった。

 見上げるほどだったスイカの身体が、急速に縮小していく。彼女のスペルカード「ミッシングパワー」の持続時間が尽きたのである。
 フランドールと同じくらいの背丈――彼女の本来の姿になったスイカは、まだ地面に倒れたままの少女を見下ろして、ふっと笑った。
「お前はこのミッシングスイカを倒したんだよ、フランドール・スカーレット。
 そのお前がこんなところで最後を迎えたりしたら、私の実力まで疑われちゃうじゃない」
「ミッシングスイカ……」
 「……それに」
 スイカが、すっと手を伸ばす。
「乙UNくんのことだって、あんたに任せたんじゃない。忘れないでよ、ふらんちゃん」
「…………萃香ちゃん……」
 フランドールの紅い瞳から、すっと雫がこぼれ落ちる。
 それは、どんな痛みにも、どんな苦しみにも歯を食いしばって耐えてきた少女が、初めて流した……
 歓喜の涙。

 力がわき上がってくる。
 もうほんの少しも動かせないと思っていた身体の隅から隅までに、力がわき上がってくる。

「幻想郷を守りたいと思う気持ちは、このミッシングスイカも同じよ。
 さあ、立ちなさいフランドール・スカーレット。あのデカブツを、二人でやっつけましょう!」
「うん!」
 スイカの差し出した手を力強く握って、フランドール・スカーレットは勢いよく立ち上がった!


「チッ、しぶといヤツだぜ! だが今更小娘が一匹増えたくらいで、このジャイアント博霊は倒せやしない!」
 再び砲門を構えるジャイアント博霊。その全身から撃ち出される弾幕を、だが二人の少女は鮮やかにかわしていく。
「ミッシングスイカ! あいつは強力なバリアを張るのよ。だから……」
「ああ、分かってる。だからここは、私の出番でしょ?」
 弾幕と弾幕の間の、一瞬の間隙を突いて、スイカがジャイアント博霊に迫る!
「Hey you! 無駄だぜ! どんな弾幕でもこの『デュアル・ボーダー』は破れねえ!」
 再びバリアを展開するジャイアント博霊! だがスイカは慌てず騒がず、両腕に巻き付けていた鎖をほどいた。
「ミッシング・チェーン!!」
 少女が叫ぶと同時に、三本の鎖が蛇のように鋭く伸びて、バリアの上からジャイアント博霊を十重二十重に縛り付ける! スイカはその鎖の端を握りしめ、必殺のスペルカードを取り出した!
「酔神『鬼縛りの術』」
 スイカがスペルカードを天に掲げると同時に、ジャイアント博霊を縛り付けた鎖が目も眩むほどの強い光を放つ!
「ヒャ? な、なんだこりゃ……ジャイアント博霊のエネルギーが、吸収される!?」
 これこそがスイカの必殺技の一、相手の力を吸い取ってしまう魔法の鎖、「鬼縛りの術」だ!
「ま、まずい! バリアが維持出来ないぜぇ!?」
 Oh My God! と頭を抱える偽魔理沙。その言葉通り、ジャイアント博霊の周囲に張り巡らされていたバリアは、あっという間にエネルギーを切らして消えてしまった!
「Shit! バリアどころじゃねえ、ジャイアント博霊自体が動くエネルギーも……」
「偽魔理沙ッ!」
 自分の名を呼ぶその声に、偽魔理沙はハッと顔を上げた。
 ジャイアント博霊のカメラに映っているのは、凛とした顔で自分を見ている、フランドール。
 その右手には、朝日よりも眩しく、夕日よりも紅く、そして夜の闇より凄烈な迫力を漂わす炎の剣。

「あなたの悪行もここまでよ、偽魔理沙。
 私だけでなく、多くの人を傷つけ悲しませた……その罪、今日こそこの紅き剣で裁く!」
 レーヴァテインが炎を吹き上げ、一瞬で長大な剣と化す。
 ジャイアント博霊すらも一刀両断にするであろうその刃を前にして、偽魔理沙は。
「ヒューハハハハハハハハハハ!!」
 笑った。
「Hey you! 忘れてんじゃねえぜ! こっちにもまだ奥の手が残ってるんだよ!
 緊急事態発令! 残ったエネルギーを全て頭部に回すぜ!」
 ジャイアント博霊の頭頂を飾る赤いリボンが、エネルギーの集中を受けて鈍く発光する。
「エネルギー充填率100%! 『マスタースパーク』発射ァ!!」

 偽魔理沙が操縦桿を大きく倒す。
 その瞬間、巨大な光の塊がジャイアント博霊のリボンから、フランドール目がけて放たれた!

「神殺『レーヴァテイン』!!」
 炎剣を振り上げたフランドールが高く叫ぶ。ジャイアント博霊の放った光に勝るほどの強烈な紅い光が、その刀身からあふれ出す!
「スカァァレットォ・インパルスッ!!」

 振り下ろされた神の一撃は、マスタースパークごとジャイアント博霊を両断した。


「……Hey……you……」
 火花を上げるジャイアント博霊のマイクからもれる、かすれた声。
「私の負けだ……認めてやるぜ。完全なる敗北だぜ……
 だが……忘れるな! この世に弾幕がある限り……私は、いつだって現れる……
 覚悟しておくんだぜ……フランドール。次こそは……お前を……」

 そして。
 幻想郷の隅々にまで響くほどの轟音と共に。
 幻想郷の隅々を照らすほどの閃光と共に。
 ジャイアント博霊と偽魔理沙は、散った。
 吹き上げる炎は尽きぬ怨嗟の念のように。
 月まで届かんとする煙は、新たな邪悪を呼ぼうとする狼煙のように……。


「……フランドール……」
 地面に降り立ったフランドールに、スイカが声をかける。その顔は決して勝利の喜びで輝いてなどはいない。
「ええ、分かってるわ」
 だから、フランドールもうなずく。
 これはひとつの戦いの終わりに過ぎない。
 少女達の戦いは、これからも続くのだ……。


「それでも、私は……幻想郷を守る。
 ここに暮らすみんなの為に……大好きな人たちの為に」






「行ってきまーす!」
 勢いよく扉を開けて、紅月ふらんは家の外へと飛び出した。背後からかけられる「気を付けてね〜」という声が届いているのかと疑わしくなるほどのスピードで道路を走る。
 ちょっと冷めたトーストを口にくわえながら、少女は腕時計を覗いた。そして確信する。この時間なら、全力で走ればギリギリ間に合う!
 手櫛で髪を整えながらトーストをかじっていると、やはり物凄い勢いで角を曲がってきた伊吹萃香と鉢合わせる。彼女はそのままフランと併走すると、口にくわえていた瓢箪を離して、
「おはよう!」
「おはよう!」
「相変わらず遅刻ギリギリ?」
「あなただって同じじゃない。でもこのペースなら間に合う!」
 と、その時。ふらんが腰から下げていた巾着袋が、いきなりばたばたと暴れ出した。それを見たふらんはうっと困り顔を作って、それから急ブレーキをかけた。ふらんの異変に気付いた萃香も、合わせて立ち止まる。
 ふらんが巾着袋の口を開くと、中から白い帽子をかぶったピンク色のまんじゅうのようなものが飛び出してきた。
「ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ!」
 どうやら生き物らしいそれは、盛んに飛び跳ねながら「ξ・∀・)めるぽ!」と繰り返す。
「弾幕怪人?」
「うん」
 萃香の問いにうなずくふらん。この生き物はめるぽりんと言って、弾幕怪人が近付くとこうして騒ぎ出すのだ。ちなみにどうやって近付いたのを感知しているのかは、まったくもって謎。
「……あ、そうみたい。こっちも騒ぎ出した」
 萃香が手に持っていた瓢箪、その栓に結わえてある3本の鎖が、チャラチャラと音を立てる。萃香はこの鎖で弾幕怪人の接近を察知するのである。
「……遅刻決定ね」
 はあ、とため息をつくふらん。またたっぷりと宿題を出されるかと思うと憂鬱になる。
 と、猫みたいに丸まった背中を、萃香の手がぽんと叩いた。
「でも、それが私たちの使命だから」
「そうね。私たちにしか出来ないことだもんね」
 二人の少女はお互いの顔を見つめて、うん、とうなずきあう。
「行くわよ、萃香!」
「うん!」

 少女達の戦いに、まだ終わりは来ない。
 だが、守るべき世界がある限り、護るべき人たちがいるかぎり。少女達は戦い続ける。
「みんなの力をここに萃めて! インマテリアル!」
 皆の笑顔と平和な日常をその小さな肩に乗せて、少女達は今日もスペルカードを掲げる!
 負けるな、鬼童少女ミッシングスイカ! 戦え、弾幕天使フランドール・スカーレット!
 幻想郷の明日は、君たちにかかっているのだから!

「スカーレット・メタモルフォーーーーーーゼ!!」



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