ああ、何とも哀れなることに。

 少女はまだ、今、自分の目の前にある光景を。

 現実のものと信じられずにいる。




 それは幻想郷の彼方、密林の奥にひっそりと存在していた遺跡の最奥部。
 高さ百メートルにも及ぶ縦穴を掘られ、地の底にありながら天を拝むことの出来る、スタジアムひとつがすっぽり入ってしまいそうなほど広大な空間。その中央に築かれた祭壇の上で、二人の年若い少女が対峙していた。
 一人は端正にして怜悧な造形の顔に悠然たる微笑を浮かべ、一人は快活と無邪気とをそのまま形にした顔を、今は苦悶に歪め。


 そして、祭壇に響きわたる声。
「どうして私たちが戦わなくてはならないの、お姉様!」
 悲痛なる妹の叫び。
「それが『神器』に選ばれた者の運命なのよ……抗うことは、出来ないわ」
 非情なる姉の囁き。


「剣を取りなさい、紅月ふらん……いいえ、フランドール・スカーレット。『レーヴァテイン』に選ばれし者として」
「やめて、やめてよ、れみいお姉様! そんな言葉聞きたくない!」
「……頭の回らない娘ね。貴方が望もうと望むまいと、既に運命の歯車は回り始めているのよ。
 戦いたくないと言うのなら、好きにするといいわ。どのみち私は、こうするつもりだもの……」

 そして少女――紅月れみいは、その手に持ったトネリコの杖を高々と掲げた。

「レッド・マジック・エヴォリューション!!」

 少女の手にした杖が、目も眩むほど強烈な真紅の輝きを放つ。
 それは白きドレスとなって少女の全身を飾り、
 それは紅き蝙蝠の翼となって少女の背に広がり、
 それは少女が手につかむ杖を、紅き刃を持つ槍へと変化させる。

「今の私はこの神槍『スピア・ザ・グングニル』に選ばれし、真紅の弾幕天使……レミリア・スカーレット。
 貴方が望もうと望むまいと……この槍で貴方を貫く運命を持つ者よ」
 自分の身の丈ほどもある槍を、レミリアは軽々と振るい、鋭く尖った刃の穂先を、目の前の少女……紅月ふらんに向けて突きつけた。

 ふらんはぎりりと音が鳴るほどに奥歯を噛み締める。
 口にすべき呪文は、今までに何度となく唱えた呪文は、もう喉のすぐ奥にまで昇ってきている。
 でも、それは禁忌の言葉。
 それから先の未来がどうなろうとも。その言葉を口にした瞬間に、自分が今まで大切にしていたものが、粉々に砕けて無くなってしまいそうな気がして。

 弱々しくかぶりを振る少女に向けて。
「そう……なら、大人しく」
 レミリアの構えた槍の穂先から、紅い紅い弾幕が放たれる。
 嵐のような勢いで迫り来る弾幕を目にして、ふらんは凍り付いたように動かない――








「弾幕天使フランドール・スカーレット - もうひとつの神器 -」
                    (feat. Scarlet Angels edition)








「ふらん!」
 その場に走り込んできた少女が、フランを腰から抱え上げ、レミリアの弾幕から間一髪で彼女を救い出す。
「メリー……さん……」
「何を呆けているの! 私が間に合っていなかったら……あなた……」
 マエリベリー=ハーン、ふらんと共にこの遺跡を訪れた秘封倶楽部の一員である少女は、紫色のワンピースの下で肩を大きく上下させながら、ふらんを叱責する。
「ごめんなさい、でも、私……」
 うつむくふらんの頭に、メリーのではない手がぽんと添えられた。
「大変な状況になってるってのは見れば分かる。でもね、だからって諦めちゃ駄目よ」
 頭上から降ってくる、宇佐見蓮子の諭すような言葉に、ふらんはきゅっと瞳をつぶる。
 二人の言わんとしていることは分かっている。
 だが、では一体どうすればいいのか。少女はまだその答えを手に入れていない。

「邪魔をする気?」
 槍を下ろし、心底不快そうに秘封倶楽部の二人を見やるレミリア。その紅い瞳にはある意志が満ちている。己の目的を妨害するつもりならば、誰であろうとも容赦はしない。
 蓮子は飲み込む。首筋に冷や汗が伝っているのが分かる。今の少女は、あの物静かな紅月れみいでは無い。彼女は間違いなく本気だ。刃向かえば、きっと彼女はふらんだけでなく、自分たちにも弾幕を見舞ってくれるだろう。普通の人間ならば為す術もないような弾幕を、普通の人間に。
 けれど、蓮子は退かない。

 だってこれは、二人の少女を守るための戦いなのだ。
 「神器」なんてご大層な看板を背負った骨董品に翻弄される、二人の少女を守るための戦いなのだ。

「邪魔をする気はないわ。結局私たちに、貴方をどうこうすることなんてきっと出来ない。
 でもね、私たちは知ってしまった。ふらんに伝えてあげなければいけない事実があることを知ってしまった。
 だからそれを教えてあげるまで、せめてのんびりお茶でも飲んでいてくれるといいんだけど?」
「断ると言ったら?」
「それじゃあ仕方がない」
 蓮子は腰のホルスターから拳銃を抜くと、その銃口をレミリアに向けた。
「邪魔をする気になる」

「蓮子さん、ダメ!」
 姉を撃とうとする彼女をふらんは制止しようとして、メリーにしっかりと捕まえられる。
「メリーさん、離して!」
「時間がないわ。ふらん、落ち着いて聞いて」
「そんな、何を言って」
「聞きなさい!」
 声を荒げるメリーの剣幕に、ふらんは継ごうとしていた句を失う。
 目をみれば分かった。メリーの瞳はとても必死で、自分を案じていたから。
 ふらんはこくりとうなずくと、メリーと正面から向き直って、もう一度しっかりと彼女の顔を見た。




 蓮子が横に大きく跳ね、同時に引き金を引いた。
 手にした槍、その幅広の刃でレミリアはそれを受け止める。銃弾を弾いた後、そこには曇りひとつ残らない。
「普通の人間にしては良い動きだわ。
 けれど、ただ早いだけでまっすぐにしか飛ばない弾で、弾幕天使を撃ち落とせると思って?」
 紅刃の槍を、蓮子に向かって一薙ぎする。瞬間、大小無数の紅い弾幕が、緩急をつけて蓮子に迫った。
 蓮子は必死で身をかわす。一発でも当たれば、このゲームは終わりだ。
 そう、これは遊戯。レミリアはわざと力を抑えて弾幕を放っている。蓮子がぎりぎりよけられるかどうかという弾幕を放って、彼女がどれほど食らいついていけるのかを楽しんでいるんだろう。
(或いは、その槍の力に『慣れる』ことも兼ねてるのかもしれないけどね)
 小さくステップを踏んで、一抱えほどもある――もはや「塊」と言うべきかもしれない大きな弾をかわす。
(でも、それでいい。私は前座、時間稼ぎ役だから)
 拳大の弾が頭をかすめる。お気に入りの帽子を持っていかれながら、蓮子は狙いを定めた。
(だから、頼むわよ……もう一度羽ばたけ、フランドール!)
 放たれた銃弾は、やはり全てレミリアの槍に当たって、この地の底の祭壇のどこへともなく弾け飛ぶ。




「イナバの軍団を振り切って、あなた達と別れた後で、蓮子と私はこの遺跡の深層に辿り着いたのよ」
 ふらんと目の高さを合わせる為に、その場に膝をついて、メリーは語り始めた。
「そこには、神器に関する記録が残っていたわ。長い時を経ても劣化しないよう、壁に刻まれた形で。
 私たちは二人でそれを解読していった。幸運にも、以前に調べたことのある文字だったから。
 何が書かれていたか、私たちが読み取った部分を全部言っておくわね、ふらん」
 ふらんがゆっくりとうなずく。大きな瞳には不安と緊張が色濃く見えていたが、それを解いている時間は無かった。蓮子がレミリアを引きつけている間に、全てを伝えなければいけない。

「貴方の持つ『レーヴァテイン』と、今れみいが手にしている『グングニル』は、確かに遠い過去から存在するものなの。
 そして、クィーン・カグヤが言っていた通り、ふたつの神器の力がひとつになった時、その持ち手の願いを叶えるそうよ」
 メリーの言葉に、ふらんはこの遺跡で遭遇したイナバ軍団の首領の言葉を思い出す。

『ふたつの神器の力が合わさる時、それはあらゆる奇跡を生む光になるという』

 そして、今頃はそのクィーン・カグヤと熾烈な弾幕合戦を繰り広げているであろう友の顔が頭をよぎって、少女は胸をぎゅっと掴まれたような感覚に襲われた。

『ふらんちゃんがここに来たいっていうから、私はここまでついてきたんだよ。
 行ってきなってば。ここは私が引き受ける……ここから先へは誰一人通さない、大きな大きな岩戸になってあげるわ』

 自分の背中をぽんと押してくれた手の感触が甦る。萃香は無事だろうか。
「ふらん」
 名前を呼ばれて、少女はハッとする。
(そうだ……笑って萃香ちゃんと再会しなきゃいけないんだ)
 ごめんなさい、と小さく謝る。
 蓮子が危険を冒してまで自分に伝えようとしていることがある。それは、そうしてまでも伝えなければならない、とても大切なことなのだ。二人の気持ちだって、無駄にしちゃいけない。

「ここからが肝心な部分よ。よく聞いて。
 クィーン・カグヤの言っていたことは間違いだった。多分話がどこかで間違えて伝わってしまったのね。
 ふたつの神器の力がひとつになるというのは、ふたつの神器の力が合わさるのではなくて、どちらかの神器が力を無くした状態のことだったのよ。
 ふたつの神器が互いに争うことで放出したエネルギーを、争いに勝った神器が全て手に入れる。そのエネルギーを使って、残ったひとつの神器は持ち手の願いを叶えるの。そして負けた神器はおよそ500年に及ぶ眠りにつき、失った力を再び蓄える。ふたつの神器は長い間、そうしてお互いに戦いを続けてきたのよ。
 それから、前回の戦いで負けた神器を手にした者は、往々にして精神に歪みを来す……わかりやすく言うと、闘争心を異常に高められてしまうのね。だから、れみいが貴方を倒すことに執心しているのも、あの槍が原因なのよ。一度の負けを500年も引きずるんだからそれは恨みも積もるものだろうけど、持ち手まで狂わせてしまうなんてね」

 メリーは横目で蓮子の様子をうかがう。この遺跡の探索で埃をかぶった白い上衣が、あちこち破れてボロボロになっていた。蓮子の表情にも疲労の色が強い。時間はあまりない。

「つまり……貴方のお姉さんを止める方法は」
「私が負けるしか無いの?」
 メリーの言葉を遮って、不安そうに訊ねる声。
 少女の問いに応えて、メリーは――首を横に振って、優しく微笑んだ。

「貴方が戦って、勝つことよ。
 言ったでしょ。れみいをおかしくしているのは、あの槍が原因だって。
 だから、貴方の炎の剣で、あの槍を砕くのよ。
 それが唯一、貴方のお姉さんを止める方法。唯一、貴方のお姉さんを助ける方法」
 一呼吸置くと、メリーはがっとふらんの肩をつかむ。


「そして、それは貴方にしか出来ないことよ。弾幕天使フランドール」


 少女の身体が、電流が走ったかのように大きく震えた。
 心臓が激しく高鳴る。
 真っ暗だった世界に光が差す。


「私が、れみいお姉様を助けられるの?」
 少女の問いに、メリーはうなずく。
「私にしか出来ないことなの?」
 少女の問いに、メリーはうなずく。

 そして彼女は小さく、安堵の息をもらした。
 絶望の影を落としていた顔に希望という名の朝日が昇り、少女の顔は見る間に晴れ晴れと輝いていく。
 もう心配はない。後は……この子次第。




「しまっ……!」
 レミリアの弾幕が、とうとう蓮子の可避と不可避の境界を乗り越えた。
 魔力の弾丸が貫いた右足に、その箇所から先を全てもがれたような激痛が走る。崩れた体制を片足で留めることも出来ず、蓮子は堅い石の床の上に倒れ込んだ。
「終わりね。その脚ではもう、ゲームを続けることは出来ないでしょう?」
「……さあ、どうかしらね……」
「強がりはやめなさい」
 蓮子は自分の右足を見下ろす。実際にもがれたわけではなく、彼女の右足はちゃんとつながっている。だが、破れたスカートの穴から見える肌は内出血を起こして青黒く腫れていた。少し動かしただけで新たな痛みが神経を引き裂く。骨もどうにかなっているかもしれない。
 確かに強がりもいいところだ。なにせ弾幕をかわすどころか、歩くことも出来ない状態なのだから。
 倒れ込んだ姿勢のまま、蓮子は首だけを動かしてレミリアの立つ方を見る。
「そうね……強がりはやめておくわ。私はもう動けないから」
「あら、急に神妙になったのね」
「まあね……」
 レミリアの弾幕をよけている間に、いつの間にか反対側まで回っていたのだろう。
 彼女の姿を透かした背後で、決意に満ちた顔でこちらを振り向く少女の姿が見えたから。
「私は自分の役目を果たしたもの。これからの貴方の相手は……あの子の役目」




 奇妙に曲がりくねった金属製の杖……魔杖スカーレットステッキを、少女は両手でしっかりと握りしめる。
 口にすべき呪文は、今までに何度となく唱えた呪文は、もう喉のすぐ奥にまで昇ってきている。
 守るべき人たちがいたから。少女はその言葉を口にしてきた。
 大好きな人たちのために、少女はその言葉を口にしてきた。

 そして今、その呪文は、たった一人の姉を守るためのもの。
 だから、それはもう禁忌の言葉ではない。
 それから先の未来を守る為に。自分が今まで大切にしていたものをこれからも大切にしていく為に。


「スカーレット・メタモルフォーーーーーーゼ!!」


 少女の手にした杖が、目も眩むほど強烈な真紅の輝きを放つ。
 それは紅きドレスとなって少女の全身を飾り、
 それは虹色の翼となって少女の背に広がり、
 それは少女が手につかむ杖を包み、燃え盛る刃を持つ剣へと変化させる。

「弾幕天使『フランドール・スカーレット』……降臨!」

 すとっ……と微かな音を立てて、フランドールは地の底に降り立った。

 そしてもう一人の弾幕天使は、ゆっくりと彼女を振り返る。
 その瞳は爛々と輝き、その唇は妖しい微笑みを讃え、その身体は己の宿敵に対面した喜びに打ち震え。
「待っていたわ……さあ、495年前の続きを、始めましょう」

 フランドールはそれに答えて、ハッと小さく笑う。
「槍ごときがふざけるな。私はあなたの戦いなんか知るものか。
 私はただ、あなたからお姉様を返してもらいたいだけ。それを邪魔するなら……」
 その手に輝く紅き剣の切っ先を、フランドールは真っ直ぐに、レミリアの槍に突きつける。
「この手であなたをバラバラにしてやるわ」




 二人は、申し合わせたように頭上を拝む。
 祭壇に穿たれた縦穴の奥に見えるのは、雲一つない星空と、真円を描く紅い月。
「こんなに月も紅いから……」
 姉はその月を陶然と見つめ、
「こんなに月も紅いのに……」
 妹はその月を憤然とにらみ、
「素敵な夜になりそうね、弾に踊る天使!」
「私の姉様を連れ去るな、神を騙る咒具!」


 レミリアの掲げる槍が、空に輝く月の如くに光を放ち、
 フランドールの構える剣が、地の底より立ち上る炎をまとって燃え上がる。


「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」
「神殺『レーヴァテイン』!!」




 真紅の光条と紅蓮の剣閃が衝突し、巨大な祭壇一杯に猛烈な嵐を巻き起こす。
 ばたばたとあおられるスカートの裾を手で押さえながら、メリーはその嵐をかき分け、二人から出来るだけ距離を取ろうと床を這っていた蓮子の側まで駆け寄った。
「蓮子! 良かった、まだ生きてた」
「ええ、生きてたわ……まあ、お気に入りの帽子は無くしたけどね」
「それなら私もおあいこよ」
 メリーの金髪の上に鎮座していた帽子も、室内を渦巻く嵐にさらわれて、とっくに何処かへ吹き飛んでいた。
「とにかく、背中に乗って。早く避難するから!」
「ああ、ありがたいねえ」
 蓮子を手早く背負うと、メリーは身を隠す為に、この広間に至るいくつかの小路のひとつまで走った。
 走りながら、さっきから人を抱えてばっかりだとか、そんなのんきなことをふと考えた。




 初撃は拮抗していた。
 必殺の槍は炎剣に阻まれ、狙った相手を貫くに至らず主の手に戻る。
 害なす杖は魔槍を撃つも、その存在を砕くことが出来ずに炎を収める。

 レミリアとフランドールは、同時に次の一撃を放つ動作に移る。
 自分の相手が生半可な弾幕では倒すことが出来ないのは、刃を交える前から分かっており、たった今確認した。
 だから、ダメージを与える為には、己の力を封じた魔札……スペルカードを使うしかない。

「禁忌『クランベリートラップ』!!」
 フランドールの掲げた魔杖からスミレ色の魔法陣が放たれ、レミリアを取り巻くように円を描く。
 その魔法陣がレミリアに向けて一斉に弾を撃ち始めた瞬間、彼女の腕が動いた。

「天罰『スターオブダビデ』!!」

 空高く掲げた魔槍が、凄まじい光を放つ。
 光は光条となって空を裂く螺旋を描いて、フランドールの放ったスミレ色の魔法陣を全て貫き、放たれた弾ごとそれを打ち砕く。
「本当の魔法陣は、こう描くものよ」
 余裕の笑みを浮かべるレミリアの言葉通り、光は空中で回廊を形作りながら、巨大な陣を描いていた。
 レミリアが槍を振り下ろす。同時に光条の交点が紅く輝き、フランドールを狙って弾を撃ち出す。上下左右後方全てを弾に囲まれたフランドールは、しかし既に次のスペルカードを手にしていた。

「禁弾『カタディオプトリック』!!」

 少女の右手が藍色の光を帯びる。
 フランドールは魔杖の中程を左手でつかみ、それを弓に見立てて、藍色の光を五条の矢として放つ。
 魔弾は五方に散ってレミリアの魔法陣を撃ち、それを砕いてさらに跳ね返り、レミリアを襲う牙になる。
「大きすぎる陣など何の意味もない。少し線を消すだけで、勝手に消えてなくなっちゃうんだから」
 レミリアに背を向け、フランドールは自分の後背に描かれた魔法陣の残骸に同じように光を放った。弾はやはりレミリアの築いた光の螺旋を壊して、さらにレミリア自身を狙い撃つ。

「呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』!!」

 レミリアの手から紅い短剣が放たれ、フランドールの藍色の弾を全て刺し貫く。
 その光景を目で追いながら、フランドールの手はポケットの中から、新たなスペルカードを引っ張り出した。

「禁忌『カゴメカゴメ』!!」

 魔杖から緑色の閃光が迸り、レミリアの投じた短剣を全て撃ち落としながら、彼女の周囲を駆け巡る。動きの止まったレミリア、その手に持つ槍を狙って、フランドールは黄色の魔弾を放った。
 迫ってくる弾幕を見て、レミリアは眉をくっと歪めた。その貌が示す感情は、不快。
 彼女の左手には、既にスペルカードが握られている。槍を振りかぶりながら、レミリアは高らかにその名を喚んだ。

「紅符『スカーレットシュート』」

 振り下ろされた切っ先から、魔槍の一閃に匹敵する密度と圧力を備えた真紅の弾幕が放たれた。
 それはフランドールの放った弾を容易く飲み込み、鮮緑の鎖を引き千切り、フランドールに襲いかかる。
「しまっ……!」
 少女は慌てて回避行動に移る。間一髪で直撃は避けたが、紅い弾幕がかすめた右半身がびりびりと痛んだ。
「このっ、負けるか!」
 握りしめたレーヴァテインが、少女の感情の高ぶりに呼応して炎を吹き上げる。

「禁忌『フォーオブアカインド』!!」

 立ち上る炎が空気を揺らがせ、フランドールの姿を浮かび上がらせる。蜃気楼は少女の魔力を借りて具現化し、それぞれがまちまちに炎の剣を構えた。
「行け!」
 フランの声に呼応して、三人の少女がレミリアに斬りかかる。
「所詮は偽りの刃! 私を傷つけられるものか!」
 折り重なるように振り下ろされた炎の剣を、レミリアは槍の一閃で受け止める。三人のフランドールの後背から、本物のフランドールが剣を振りかぶりながら飛び込んでくるのを見据えて、レミリアはまた、不快そうに眉を歪めた。

「紅魔『スカーレットデビル』!!」

 魔槍に刻まれたルーンが紅く輝き、瞬間、槍全体が衝撃波を伴った強烈な光を発する。
 フランドールの三体の移し身はその力に抗いきれず雲散霧消し、フランドール自身も全身を打たれ、風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。


「どういうつもりなのかしらね」
 七色の翼を広げ、空中で体制を立て直したフランドールを見下ろし、レミリアは憤りに満ちた言葉を吐く。
「貴方の攻撃は、全て私自身ではなく、この槍を狙ったもの。搦め手で私の動きを封じ、必殺の一撃をこの槍に叩き付けようとしている……違う?」
「違わない!」
 歯を剥き出しにして、フランドールは自分の心中をそのまま言葉にして叩き付ける。
 この戦いは少女にとって、姉を倒す為の戦いではない、姉を助ける為の戦いなのだ。
 真っ直ぐに自分を見据えるフランドールの視線。それを受けてレミリアは、唐突に笑みを浮かべた。それは悪戯を思いついた子供のような。獲物を罠にかける悪魔のような。
「……そんなに私が大事なの?」
 レミリアは槍を握り直すと、空にしていた左手を、鋭利な刃に押しつける。距離を取ったフランドールの位置からも手と刃の間から紅い雫がしたたるのが見えて、
「やめて!!」
 フランドールが叫ぶのと同時に、レミリアは左手を振るう。飛び散った血は刃に変わり、動揺したフランドールの肩口を切り裂いた。少女の貌が鋭い痛みに歪み、唇からは小さなうめき声が漏れる。

「意外だわ。そんなに私のことが大事だったのね、フランドール……ふらん」
 少女の本当の名を姉の声が呼ぶ。フランドールは――紅月ふらんは、はっとした貌で姉を見た。
 弾幕天使からただの少女に戻った妹の顔を、レミリアは穏やかな表情で見つめて、
「ずっとそうは思っていなかったわ……だって私は」



「貴方のことを疎んでいたのに」



 少女の顔が再び歪む。先程肩を切られた時より、遙かに酷く。
「まあ、当然よね。
 ふらんったらいつもやんちゃで、しょっちゅう誰かと喧嘩して、わがままで意地っ張りで暴れん坊なんだもの」
 少女の握りしめた拳が震える。それはすぐに全身に伝わり、姉はおろか、遠方から様子を伺っている蓮子とメリーの位置からですら見て取れた。
「貴方が問題を起こすたびに、私はどれだけ迷惑したことか。
 『れみいはとても良い子なのに、妹さんはちょっと……ね』って、しょっちゅう言われたわ。本当に恥ずかしくて、何度貴方を邪魔だと思ったことかしら。
 分かるかしら? ……ああ、分かってるわよね。いつも家で私に話しかけようとして、逡巡しているものね。
 当然、話しかけられても無視していたけど」
 自分を見下ろす姉の視線に耐えられなくなって、少女は目をきつく閉じてうつむいた。

 だから、レミリアの携えた槍の切っ先がくっと上げられたのを、少女は見ていない。

「本当にね……疎ましかったのよ。ずっと、ずっと」
 血に濡れた左手がスペルカードを握り、ゆっくりと頭上に持ち上げていく。
「だから……消えてしまいなさい」

「必殺『ハートブレイク』」

 スペルカードの宣言に呼応して真紅の光を放ち始めた槍を、レミリアはゆっくりと振りかぶり、

 うなだれたままのフランドールへ向けて、

 投じた。




「禁弾『過去を刻む時計』!!」




 魔杖が白色の光を放つ。
「ふらん!?」
 レミリアは真紅の瞳を驚愕に見開き、
「それでもお姉様は、私の大事な人なんだぁ!!」
 十文字を形作った純白の光はフランドールの手から放たれ、真紅の槍をはじき返して霧消する。その時、既に
フランドールの手元には、もうひとつの十字光が生まれていた。
 少女はそれを、姉目がけて、迷わずに投じる。
「私を大切だと言ったのは嘘だったの!?」
 叫びながら、戻ってきた槍を回転する光の刃に叩き付ける。槍に充分に魔力が込められていなかった為、光の刃は消し飛ばしたものの、レミリア自身にも衝撃が伝わってくる。

「大切だよ……当たり前でしょ! お姉様はたった一人しかいないんだもの! たった一人しかいないお姉様なんだもの!
 だから私はお姉様を助ける、そう決めたのよ! メリーさんだって言ってたんだ。それは私にしか出来ないことだって!
 私はもう諦めない、絶望もしない!」

「……フランドール!!」
 炎を吹き上げるかと思うほど激しい視線を浴びせながら、レミリアはスペルカードをその手に取った。

「『レッドマジック』!!」

 フランドールの視界を真紅の弾幕が覆う。前、右、左、上、下、全ての方向を、圧倒的な密度の紅が覆い尽くしている。

 彼女はスペルカードをしまっているポケットを手で探った。
 禁忌「恋の迷路」はイナバ軍団を追い払うのに使ってしまったから、残るカードは3枚。そこから1枚を引き抜く。

「……秘弾」

 フランドールは小さくかぶりを振ると、手にしたスペルカードに封じられた力を解放することなく、ポケットに戻した。
 そのスペルカードは使うべきではない。その名は、今の少女の願いから、遠く離れたものだから。
 この戦いは守る為の戦い、助ける為の戦いなのだ。



 誰もいなくなったりなんて、させないんだ。



 七色の翼を広げて、フランはレミリアの放った弾幕に自分の身を晒す。
 改めて手に取った1枚のスペルカードの力では、この猛烈な弾幕には抗しきれない。この紅い紅い弾幕を、ぎりぎりまで自分で回避する必要がある。
 正面から、下から、左から、右から、また正面から。広がる弾幕の僅かな隙間に身を躍らせ、フランドールはレミリアの放つ真紅の魔法をかわし続ける。
 赤色の暴風に翻弄されるかのように宙を舞い、けれども虹色の木の葉は、決して地に墜ちない。
 そして、レミリアの弾幕が薄まった瞬間を狙って、フランドールは己の矢をつがえた。

「禁弾『スターボウブレイク』!!」

 フランドールの放った無色の閃光が赤色の空を引き裂き、少女の周囲から生まれた橙、黄、緑、青、藍、そして紫の烈風がレミリアに向けて吹き荒ぶ。
「『レッドマジック』を破った!?」
 驚きと焦燥、そして六色の弾幕に身を打たれる苦痛に、レミリアの表情が歪む。
 予想だにしていなかった。フランドールがまだこれほどの力を残していたことに。
 レミリアに残されたスペルカードはあと1枚。このスペルが破れることは、スピア・ザ・グングニルは再び敗北し、また長い永い眠りにつくことを意味する。
「そんなことは……許さない!!」             ラストワード
 少女の手が最後のスペルカードを掲げ、少女の口が最後の詞を叫ぶ。

「『スカーレットディスティニー』!!」

 少女の手にしたグングニル、刃先から半ばまでがパン、と音を立てて砕ける。
 その破片は全てが小さな刃となってフランドールに降り注ぎ、その間もグングニルは刀身を再生させ、再度砕けて刃へと変じていく。
 猛烈な勢いで自分を襲う刃を、フランドールは後退しながらレーヴァテインで弾き落とす。だが、レミリアの手元で破壊と再生は無限に繰り返され、少女の体力と集中力を容赦なく削ぎ落としていく。
「うぐっ!」
 肩に、腰に、脚に、よけきれなかった刃が突き刺さる。瞬間崩れ落ちそうになる身体を、頭の中から溢れそうなほどの
「負けるものか」という意志で力任せに押し止める。


 自分が力尽きてしまったら。
 もう、あの日々には戻れないのだから。
 親友と笑い合うことも。
 大好きな人のことを想うことも。
 そして。
 いつか必ず、この姉と打ち解けるという、ささやかな夢を叶えることも。
 出来なくなってしまうから。


 ああ、だから。

 お願い、私の最後のスペルカード。

 私の気持ちが、少しでも……あの人に届けて下さい。

 ほんの小さなさざ波でも、あの人に伝えて下さい。

 私が貴方を大切に想っていることを……。




 唇は音を発さず。
 けれど少女は確かに、最後のスペルカードの名を喚んだ。




 レミリアは――グングニルは、声なき叫びを上げた。

 己の投じる刃が、目の前の少女に到達する前に、全て砕けていくことに。

 その破片の中を駆け抜けて、少女が真っ直ぐ自分に迫ってくることに。

 少女の小さな手が、己の刀身に刻まれたルーンに、そっと添えられたことに。




「残念だったわね、グングニル」


 かすめた刃で切ったのだろう、額から血を流しながら、フランドールはくすりと笑う。


「姉を想う妹の心は……かくて、ここに証明されたわ」


 そして少女の指先から、最後の波紋が伝わり。


 グングニルの刃は、粉々に砕け散った。








 グングニルが砕けると同時に意識を失った姉の身体を両腕に抱えて、フランドールは静かに床の上に降り立った。
「ふらん! 無事なのね!」
 姉を床の上に寝かせたところで、メリーが駆け寄ってきた。その後ろから、蓮子も右足を引きずって近付いてくる。フランドールはとうなずいて……小さな身体がぐらり、と傾いだ。メリーが慌てて抱き留める。
「酷い怪我じゃない……すぐに手当しないと」
「ううん、私は大丈夫だから。それより、お姉様を……」
 そう言って微笑むフランドールの頬に、すっと手が添えられる。え、と小さく声を上げて、フランドールはその手の主が誰であるかを探し、
「お姉、様……?」
 魔槍が力を失ったことに伴って変身の解けた紅月れみいは、床に横たわったまま、フランドールを見上げている。紅い瞳を涙で潤ませて。

「……本当、ひどい怪我だわ、ふらん……。
 ごめんなさい……私がやったのね」

「そんな、そんなことないよ! お姉様は悪くない!」
 頬に当てられた手に自分の両手を添えて、フランドールはぶんぶんと首を横に振る。
 れみいは妹の様子にくすりと笑う。
「ありがとう、ふらん」
「あ……」
 姉の手が耳元を這い上がり、柔らかい金髪の中に潜り込み……少女の頭を、優しく撫でる。
 フランドールは、最初は驚き、顔を赤くして、それから瞳を閉じて、その感触に意識を委ねた。

「ふらん……ごめんね、ふらん」
「だから、お姉様は悪くないって」
「そうじゃないのよ……本当はね、私もずっと貴方と仲良くしたいと思ってたの」

 れみいの手が止まる。
 フランドールは、ゆっくりと瞳を開く。
 自分を見やる姉の瞳は……ぽろりぽろりと、涙を流していた。

「本当は、私も貴方と仲良くしたいと思ってた。
 でも……さっき私が貴方に言ったことも、本当のことなの。
 貴方を疎ましく思っていた、っていうのも……
 それで、ずっと心の中にわだかまりがあって……
 『ふらん、一緒にお話しましょう』なんて、そんな些細なことも、言い出すことが出来なかった……。
 ごめんね、ふらん……ごめんなさい」

 頭の上から滑り落ちたれみいの手を、ふらんはしっかと握り締めた。
「謝らないで……謝らないでよ、お姉様……」
 ぽとり、ぽとりと。妹の瞳からも雫がこぼれる。

「私……今、すごく嬉しいんだから……
 お姉様とこうして話したいって、ずっと思ってたんだから……
 それが叶って、すごく、嬉しいから……
 ありがとう……
 ありがとう、れみいお姉様……」

 れみいは身体を起こすと、ぽろぽろと泣くふらんをぎゅっと抱き締める。
「お姉様……服が、汚れちゃう」
「いいのよ……いいの、ふらん」
「うぅ……お姉様、お姉様!」

 ふらんも、姉の背中に腕を回して、彼女の身体にぎゅっと抱き付く。
 今までずっと忘れていた肉親の温もりを確かめるように、姉妹はお互いの身を寄せ合った。




 最初にそれに気付いたのは、宇佐見蓮子だった。
「ちょっと二人とも、それ……」
 次にそれに気付いたのは、もらい泣きしていたマエリベリー=ハーンだった。
「何よ蓮子、余計な水を差さな……え?」
 そして、すぐに紅月姉妹もそれに気付いた。
 抱き合う二人の身体の狭間から、白い光が漏れていることに。


 二人がそっと身体を離すと。
 そこには白色の輝きを放つ一枚のカードがあった。
 ふらんはそれを手に取り、そして見たままを口にする。
「無地……?」
「何も描いてないのね」
 一緒に覗き込んだれみいが、妹の言葉を補足する。

「願いを叶える力……」
 メリーがぽつりと呟いた。
「あー、そうか! ふらんちゃんのレーヴァテインが勝ったから!」
 蓮子がぱんと手を打ち鳴らして、それから痛そうに顔をしかめた。手を打った衝撃で脚が痛んだらしい。

「ね、願いを叶える力……どうしよう、お姉様?」
 ふらんは困惑して姉の顔を伺い、
「……それはふらんのものだもの。あなたが決めればいいわ」
 れみいは妹に向かって柔らかく微笑んだ。




 私の願い。

 改めて無地のカードを見つめて、少女は考える。

 あの戦いは元々、姉を助ける為の戦いだ。そして、その願いは……こうして、叶っている。

 その上で、私が願うこと……。




 答えはすぐに出た。

 そう。弾幕天使フランドール・スカーレットは、いつもその願いの為に戦ってたんだから。




「お姉様。手を出して」
「え? ……はい」
「そうじゃなくて、手のひらを上に向けて」
「……こう?」

 差し出された姉の手の上にカードを載せ、その上から自分の手を重ねる。

 そして少女はにこりと笑って、こう口にした。





「私の大切な人たちが。


 私の大切な幻想郷が。


 いつも笑顔であふれていますように」




 重ねられた手の間から漏れる光が、一瞬で紅く染まり、輝きを強めた。
 けれど、その光は決して瞳を貫く激しい光ではなく、柔らかく、包み込むような紅い光。
 光は祭壇を隅々まで照らし、縦穴から地上へと飛び出して、幻想郷中へと広がった。




「この光……何だか、暖かいわね」
「本当。脚の痛みも忘れてしまうくらい……うわ、本当に治ってる!」
「ええ!?」




「ん……あれ、私……どうして……
 この紅い光は……そうか、貴方なのね、フランドール。
 おめでとう……ふらんちゃん。後で思いっきり祝杯を挙げないとね」




「んー……どうやら助かったみたいね」
「後であの子にお礼を言わないとね、姉さん」
「そうね。めるぽりんに言っておくわ」
「いや、それは伝わらないんじゃ……」




「パチュリー様、見て下さい! 紅い雪が降ってますよ!」
「落ち着きなさい。雪じゃないわ、光の粒よ」
「……さっきまで取り乱してたのはご自分の癖に」
「何か言ったかしら?」




 やがて、溢れる光は静かに色を落とし、少女の手の中に収まった。

 完全に光が消えたのを見届けて、ふらんは姉の手に重ねていた自分の手を、静かにどける。

 紅を基調にし、光あふれる様が描かれた一枚のスペルカードが、そこにあった。




 少女の名を冠し、少女の願いが込められた、そのスペルカードの名前。




 ―― 『紅色の幻想郷』 ――








−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−








「行ってきまーす!」
 勢いよく扉を開けて、紅月ふらんは家の外へと飛び出した。背後からかけられる「気を付けてね〜」という声が届いているのかと疑わしくなるほどのスピードで道路を走る。
 ちょっと冷めたトーストを口にくわえながら、少女は道路を疾走する。目当ての背中は、すぐに見つかった。
「お姉様! 一緒に学校行くって言ったのに!」
 舗装された路面をだだだっと蹴って、ふらんは紅月れみいに追いついた。そして、彼女の手をがっとつかむ。
「……もうちょっとおしとやかに出来ないのかしらね」
 心底あきれた表情でれみいは妹を見下ろし、そして嘆息する。
「だって! 約束したのにお姉様ったら一人で先に行くんだもの!」
「貴方が寝坊するからよ」
「起こしてくれたっていいじゃない」
 ふらんはむ〜っと口を尖らせる。そのふくれっ面を見て、れみいは……空いた手を口元にやって、くすっと笑った。
「それじゃ、約束通り、一緒に行きましょう」
「……うん!」
 姉の微笑を見上げると、満面の笑みでふらんはうなずいた。

 と、その時。ふらんが腰から下げていた巾着袋が、いきなりばたばたと暴れ出す。それを見たふらんはうっと困り顔を作って、片手で器用に巾着袋の口を開く。
「ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ! ξ・∀・)めるぽ!」
「うわあ……」
 れみいと手をつないだまま、ふらんはその場に崩れ落ちる。めるぽりんが騒ぎ出したということは、近くに弾幕怪人が現れたということなのだ。
「弾幕怪人?」
「うん……じゃ、残念だけど行ってきます……」
 ふらんは名残惜しそうに姉の手を離し……離そうとして、その手をきゅっと強く握られた。

「私も行くわ」
 妹の手を離すまいと握りながら、れみいはにっこりと笑う。
「え!? で、でも、お姉様は私と違って優等生なんだから、遅刻とか無断欠席とかしちゃダメよ!」
「約束したでしょ。一緒に行く、って」
 今度は痺れるくらいに強く、ふらんは手を握られた。どうあってもこの手を離すつもりは無いんだろう、多分。
 ふらんは――その手を握り返すと、姉に笑いかけた。
「じゃあ、一緒に行こう、お姉様」
「ええ」




 少女達の戦いに、まだ終わりは来ない。
 だが、守るべき世界がある限り、護るべき人たちがいるかぎり。少女達は戦い続ける。

「レッド・マジック・エヴォリューション!!」

 皆の笑顔と平和な日常をその小さな肩に乗せて、少女達は今日もスペルカードを掲げる。
 少女達の大切な人たちが。
 少女達の大切な幻想郷が。
 いつも笑顔であふれているように。そう願って。

「スカーレット・メタモルフォーーーーーーゼ!!」




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