人と妖がまったりと暮らす、幻想郷。
普段ならば、楽しい会話と楽しい弾幕であふれている筈の楽園は。
その日、阿鼻叫喚に包まれていた。
「あう!」
「リグるん! 大丈夫!? 早く立って、逃げないと!」
「うぅ、チルノちゃん……私はもうダメ」
「リグるん! 何弱気なこと言ってるの!」
「この脚じゃもう走れないよ……だから、チルノちゃんだけでも……」
「ダメだよ、そんなの! リグるんを見捨てて一人で行くなんて、私……」
「チルノちゃん……」
修羅場のただ中で花開く美しい友情。
だが、悪魔は無情にも、二人のすぐ間近まで近付いていた……。
「ハァァ……フゥゥ……」
「キタ━━━━━━Σ(゚Д゚;)━━━━━━ !!!!!」×2
緑と銀のストライプヘアを風になびかせ、天を衝く二本の角の生えた頭をゆらゆらと揺らし、狂気にまみれ爛々と紅く輝く瞳で二人を見下ろし、その怪女はゆっくりと二人に近付いてきた。
「ソコノ二人……オ前達モ『caved!!!!』ダ!」
「ひええーーーーーーーーーーーーーー!!!!」×2
年若き乙女達の絶体絶命の危機!
だがその時、一本のナイフが怪女の前髪をかすめた!
「そこまでよ、弾幕怪人キモ・ケーネ!!」
「ヌウ、何者!!」
ナイフの飛んできた方向を振り向くキモ・ケーネ。
その視線の先で、輝く満月を背に、ふりふりのひらひらが七割増量中の彼女は凛と身構えていた。
「今宵のお前の狼藉を、世界が許さぬと言っている!
弾幕怪人倒す為、ナイフ片手に冥土革命!
月の威光をこの背に駆ける、夜霧の幻影殺人鬼!
弾幕メイド・マジカルさくや! 完全に瀟洒に、今推参!!」
ヒュ ウ ウ ウ ウ ウ ゥ … …
「いや、あのね。言いたいことは分かるわ。私も自覚してるから。
だからせめてその『うわーやっちゃったー』って目で見るのはやめて。お願いだから。
っていうかそこの二人も『あいたたたたー』とかしてる暇あったらとっとと逃げなさい!
私だってねー! お嬢様の頼みでなければこんなこと、こんなこと……うう〜」
うなだれるマジカルさくやの顔の両側で、普段より大きなリボンのついた三つ編みがゆらゆら揺れた。
数分前。
「見なさい、咲夜」
我が物顔で暴れ回るケーネを指さして、レミリア=スカーレットは己の従者の顔を見た。
「あれが弾幕怪人……幻想郷の平和を乱す弾幕狂よ」
「怖いですわね」
咲夜は腕組みをして、また一人新たな犠牲者をその毒牙にかけて咆吼を上げているケーネを見た。怖いというかキモイなーとは口に出さずに心の中だけで呟く。
だが「あんまり関わり合いにならずに、さっさとお嬢様を連れて避難しよう」などと考えていた彼女の脳みそを、そのお嬢様の衝撃的な言葉がごぞりとえぐった。
「そして咲夜。貴方はあれと戦うの」
「……は?」
思わず、普段の瀟洒なたたずまいを忘れてぽかんと口を開けた面でレミリアを見る咲夜。その手に、レミリアが直径30cmほどの金属製の輪っかを押しつけた。正円型の枠の中には五本の棒が渡され、五芒星が描かれている。
「……なんですかこれ」
「こんなこともあろうかとパチュリーに作らせておいた『マジカルさくやちゃんスター』よ」
「お嬢様ちょっと待って下さい」
「貴方はこれで『弾幕メイド・マジカルさくや』に変身して、弾幕怪人と戦うの」
「待って下さいお嬢様変身って何ですか」
「それが貴方に課せられた使命なのよ、十六夜咲夜!」
「いやだから使命って何ですかそんな指さされても!」
咲夜がぶんぶんぶんと首を横に振ると、レミリアは不満そうに頬をふくらませる。
「やってくれないの? 咲夜ならきっとやってくれるって信じてたのに」
「……いくら私でも、やれることとやれないことが……」
引きつった愛想笑いを浮かべる咲夜の顔を、レミリアは半目でじ〜〜〜っと見る。
何も言わずともその紅い瞳は、秒単位で「やれ〜やれ〜」と連呼していた。
視線の強さに一歩たじろぎながら、咲夜はうう〜とうなる。
議長「静粛に! これより咲夜脳内臨時議会を開会する!」
議員A「議長! ここは当然引き受けるべきです! それが従者たる私のつとめであります!」
議員B「待ちなさい。いくら従者だからって無理なものは無理だわ」
議員C「そうそう。完全で瀟洒な従者が変身ヒロインなんてやってみなさい。良い笑いの種だわ」
議員D「そんな! お嬢様の為なら何でもすると誓ったあの日のことは嘘なの!?」
議員E「でもね……こんなことしたら、町に出るたびに後ろ指さされそうだし……」
議員F「そうよ。この拒否は紅魔館の威厳を守る為の拒否なのよ!」
議員G「見損なったわ咲夜! 貴方はこんなちっぽけなプライドにすがりつくような女だったの!?」
紛糾する脳内議会に頭を悩ます咲夜の手を、不意にレミリアの手が包んだ。
「……お嬢様?」
うつむいたまま、レミリアはぎゅっと咲夜の手を握る。まるで、そこにすがりつくように。
「分かってる。私だって本当は、こんなことを貴方に押しつけたくはないのよ。
出来ることなら、私が自分で変身して、あいつをやっつけに行きたいのよ」
議員H「それだ、ブラヴォー! お嬢様ハァ(*´Д`*)ハァ」
議長「静粛に! 静粛に! お嬢様の言葉を静聴なさい!」
「咲夜……貴方には話していなかったけれど、私は貴方と出会う以前に、弾幕怪人と戦っていたの。
そして私は妹と一緒に、激戦に継ぐ激戦の末に、弾幕怪人の首領たる大妖怪を封印することが出来た。
でも、長く辛い戦いは私たちの身体をも蝕んだわ……妹は長い眠りにつき、そして私は……
二度と弾幕を撃つことの出来ない身体になってしまったの」
レミリアの手に、さらにぎゅっと力が込められる。
「けれど、弾幕怪人は蘇り、再び幻想郷の平和を乱そうとしているわ。
そして今の私は、それを黙って見つめていることしか出来ない。
でも、咲夜!」
そう言って咲夜の顔を見上げる、レミリアの瞳から。
大粒の雫が、音もなくこぼれている。
「貴方ならそれが出来る! この幻想郷を守ることが出来る!
貴方だけが頼りなの! 貴方は……私の、希望なのよ……」
「おじょう、さま……」
咲夜を見つめるレミリアの頬を伝って顎から落ちた雫が。
少女が握り締める従者の手の上で弾けた。
バターン!
殺人鬼「URYYYYYYYYYYYYYYY!!!」
議員A「うわー!? 議会に突然殺人鬼が乱入してきたー!?」
殺人鬼「URYYYYYYYYYYYYYYY!!!」
議員B「きゃー!?」
議員C「な、なにをする、きさまー!」
議員E「ぼうりょくはんたーい!」
議員D「ああ!? 反対派の議員が次々と粛正されていくわ!?」
「……分かりました、お嬢様。
お任せ下さい。この十六夜咲夜、身命を投げ出して、お嬢様の期待に応えましょう」
瀟洒な従者はそう言って、花が咲き誇るような笑顔を浮かべ。
「頼んだわよ……マジカルさくや」
紅い悪魔はそれを聞くと、瞬時に瞳を乾かしてにたりと笑った。
「……ちょっと待って下さい。マジカルさくやって」
「マジカルさくやよ。私が考えたの。って、まさか変身後も十六夜咲夜を名乗るつもりだったんじゃないでしょうね?」
「確かに十六夜を名乗るのは恥ずかしいですがマジカルさくやってそれ以上に恥ずかしいです!」
「うるさい。やるって言ったんだから、四の五の言わずにやりなさい!」
「そんな殺生な話ー!」
回想終了。
そして時は動き出す。
「とにかく! こうなったら一秒でも早く貴方を倒してさっさと終わらせるわ!」
若干顔を赤らめつつ、さくやはマジカルさくやちゃんスターを構えた。その輪の間から手品のようにナイフが出てくる。かなり便利だ。名前さえ忘れれば。
「ホウ……貴様ニソンナコトガ出来ルノカ?」
不敵に笑うケーネに、さくやは素敵な笑みを返す。手に持つナイフが月光を反射して、獣の牙のように輝いた。
「見せてあげるわ。弾幕メイドの瀟洒な奇術を!」
「面白イ、見セテミロ!」
「あー! あんなところにスク水姿の藤原妹紅がー!」
「ナ、ナンダトー!?ノ ii ゚∀゚ノ|!=3」
さくやの指さすままに後ろを振り返った慧音の後頭部に、ドスドスドスッとナイフが突き刺さった!
「グオオオオーーーーーーー!?」
「かかったわね。これぞ奇術『ミスディレクション』!」
「奇術って言うより詐術ね」
「リグるん、さじゅつってなに?」
「オ、オノレ……」
頭からだくだく血を流しながら、慧音はなおも戦意を剥き出しにしていた。
「くっ、まだ生きてるなんてしぶとい! さすが弾幕怪人ね」
マジカルさくやちゃんスターから新たなナイフを取り出しながら、さくやは相手を警戒する。
怪しい呼吸法を続けるケーネの周囲では、彼女から発せられる妖気がゆらゆらと陽炎のように立ち上っていた。
「ハァァ……フゥゥ……ハァァ……フゥゥ……。
マサカ、コノ私ガ後ロヲ許ストハ……まじかるサクヤ、ナカナカノ手練レヨ……
ダガ、テメーハ私ヲ怒ラセタ! ソノ罪ノ深サ、思イ知ラセテクレル!」
マジカルさくやをにらみ付ける紅い瞳が、ギラリと光を増した瞬間!
「旧史『旧秘境史 - オールドヒストリー - 』!!」
突き出されたケーネの両手から、猛烈な密度の弾幕が放たれた!
必死にガードするさくや! だが、その激しい弾幕は防御の上からも彼女の体力をそぎ落としていく!
「このままではまずいわ。一端距離を取って……」
「逃ガスカ! 転生『一条戻り橋』!!」
ケーネが両手を左右に広げた瞬間、さくやの横をすり抜けていった無数の弾がその軌道を反転させ、背後から
さくやに襲いかかる!
「くぅっ!?」
何発もの弾を背中に浴びて、さくやの口から苦悶の声が飛び出す。弾の勢いに負けて、彼女はそのまま地面に投げ出された。
そしてケーネはゆっくりと頭を下げ、その鋭利な角をさくやへと狙いをつけた!
「貴様ニモ刻ンデヤロウ、恐怖ト快楽ノネクストヒストリーヲ!」
華奢な脚からは想像も付かない勢いで地面を蹴り、キモ・ケーネが真っ直ぐ突進する!
まさにマジカルさくや絶体絶命の危機!
その時!
「幻符『華想夢葛』!!」
どこからともなく飛んできた虹色の弾幕が、ケーネを吹き飛ばした!
「誰!?」
弾の飛んできた方角を振り返るマジカルさくや。
そこには、夜の闇に鮮やかに浮かび上がる、翠色のチャイナドレスを身にまとった、仮面の少女がいた。
「無事だったかな、マジカルさくや」
「……貴方は……」
「私は……そう「! キモ・ケーネが倒れてる。今がチャンス!」よ……って、えー!? ちゃんと聞いてた!?」
さくやは左手に持ったマジカルさくやちゃんスターを、右手で一度、大きく打ち鳴らす。
「月の光よ、祈りに応えて……マジカル・ムーンライト・パワー!」
頭上に掲げたマジカルさくやちゃんスターが、空の月にも負けないほど、白く光り輝く!
「幻符『インディスクリミネイト』!!」
マジカルさくやちゃんスターから、先程のケーネの弾幕にも勝る猛烈な勢いのナイフの雨が飛び出し、
「グオオ……バ、バカナー!?」
全身を貫かれたケーネの断末魔の咆吼が、月の輝く夜空に響いた。
「う、うーん……」
ゆっくりと開かれた上白沢慧音の目に最初に飛び込んで来たのは、自分を見下ろす人間の瞳だった。
「十六夜……咲夜……」
「ああ、目が覚めた?」
既に変身を解いた十六夜咲夜が、瀟洒な微笑を浮かべて彼女の顔を覗き込んでいる。
それから慧音は、自分が地べたに横になっているということに気付く。身体を起こすと、全身に細かい痛みが走った。よく見れば服も身体もボロボロだ。
「何だ……いったい、何が起こった?」
「うちのお嬢様の話によれば、貴方は邪悪な意志に心と体を乗っ取られて、本能のままに暴れる弾幕怪人にされてしまったそうなのよ。だから意識を取り戻させる為に、多少手荒なことをさせてもらったわ」
咲夜の説明にそうか、とうなずいて、慧音は自分の頭に手を添えた。何か鈍い感覚が残っている。悪夢を見て目覚めた時のような気分だ。
「そうか……礼を言うべきだろうな。助けてくれて、ありがとう」
「まあね」
お嬢様のたっての願いだもの、とは(色々複雑な心境があるので)口に出さずに、咲夜はそっと立ち上がる。意識が戻ったのなら、慧音も心配はないだろう。
西の空へ傾き、地平線を目指してゆっくりと歩んでいる満月を見ながら、咲夜は慧音にかけられた感謝の言葉を、もう一度胸の中で反芻する。
こうして礼を言われるのは、まあ悪くない。
(礼といえば……あの時私を助けてくれた人、礼を言うどころか名前も聞けなかったわね)
咲夜は周囲を見渡すが、既にどこにも、あの翠色のチャイナドレス姿は見当たらない。
けれど、何となく。咲夜はまた、彼女と出会える。そんな気がした。
(今度逢えたら、その時はちゃんと今日の礼を伝えるわ……虹色の弾幕の人)
インディスクリミネイト
ちなみに当の虹色の弾幕の人は、咲夜の放った無差別攻撃の巻き添えをもろに受けて、瓦礫の影でのびていたりする。
あと、氷精と蛍も。
―― 弾幕メイドマジカルさくや 次回予告!
レミィ「突然の弾幕怪人の復活……やはり背後には、アイツがいた!」
咲夜 「アイツ? それって誰のことですか?」
パチェ「レミィとその妹が二人がかりで封印した大妖怪よ」
レミィ「まさかあの封印を破るなんて……アイツの強さ、想像以上だわ」
咲夜 「二人がかりで封印するのがやっとだった妖怪に、一人で立ち向かうなんて無理ですよ〜」
パチェ「諦めるのは早いわ、マジカルさくや! こんなこともあろうかと作った新兵器よ!」
咲夜 「……なんでパチュリー様までそんなノリノリなんですか?」
レミィ「次回、弾幕メイドマジカルさくや、第二話!」
パチェ「『恐怖! 復活のスキマ妖怪』に!」
レ・パ「ルナダイヤル・セット!!」
咲夜 「……っていうか、コレ、続くんですか?」
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