「いつかどこかの宴の一幕」



 その日はいつもの博麗神社で、いつもの用にお花見宴会。
 プリズムリバー姉妹もいつものように駆け付けて、いつものように宴会を盛り上げるべく腕を振るっていた。

「今日も絶好調ね」

 誰かのひそやかな囁きに、誰もが頭を下げて肯定する。皆が手を止め、足を止め、弾を止めて、三人の演奏に耳を傾ける。
 桜でもなく、酒でもなく、紅白でも他の誰でもなく、今だけは彼女たちが宴の主役。
 最後の一音がまだ少し冷たい夜の空気に溶けて消えると、いつものように喝采が彼女たちを包んだ。



「わー、お疲れー」

 即席の演台を降りたメルラン=プリズムリバーを迎えたのは、ぶんぶんと手を振る赤鬼だった。いや赤いのはすっかり酒の回った顔だけだが。

「えへー、のまのまいえー」
「いえー」

 すっかり出来上がっている鬼の少女、伊吹萃香と謎の挨拶と共にハイタッチを交わして、メルランはそこに腰を下ろした。それから軽く周囲を見回すと、姉と妹も別の輪の中に入っていったようで、周囲の人間や妖怪に早速酒肴にされたりしたりしている。

「今日の演奏も素敵だったわ」

 萃香の隣に座ったアリスが手に持つ瓶を勧めてくる。メルランは手近な空のグラスを手に取ると、注がれる液体に目を輝かせた。グラスの底面ではねてシュワシュワと泡を立てる、うっすらと色づいた透明のお酒。半ばまで注いだところでアリスが瓶を離すと、待ってましたとばかりに流し込む。

「白のスパークリング。貴方にぴったりでしょ」

 得意そうなアリスに向かって、メルランはぶんぶんと頭を縦に振った。口の中から喉の奥までいっぱいに与えられる刺激に、顔をきゅ〜っと嬉しそうに歪ませる。

「ああ〜、気持ちいい〜」

 はっ、と息を吐き出して、メルランは満面の笑顔を浮かべる。彼女の手は正直に、空のグラスをアリスに突き出す。今度は泡が縁からあふれそうになるまで注いでもらって、それも一飲み。

「ふはー」
「あははは。良い飲みっぷりだね〜」

 萃香がぺしぺし背中を叩く。いやいやそれほどでもと言いながらメルランも萃香の肩をぺしぺし叩く。それを見ているアリスは、この二人つくづく似た者同士だと微笑んだ。
 と、その辺に座り込んでいる連中をひょいひょいとよけて、十六夜咲夜がやってくる。その左手には何やら色々なものを乗せられて、水平のバランスを見事に保っているお皿。

「あーいたいた、もの凄く普通のトランペッター。良い演奏だったわ。はいご褒美。あーん」
「あーん」

 咲夜は持ってきた皿からひょいと生春巻きを取り上げて、ぱっくりと開かれたメルランの口に放り込む。
 もぐもぐもぐ。

「おいしーい!」

 そこだけ太陽が昇ったような満面の笑顔。

「ふふ。その顔見ると作った甲斐があったってものだわね。うちの人たちはどうしても控えめな賛辞しかくれないから」

 良かったら全部食べてねと、他にも色々な料理の並ぶ皿を残して、咲夜は元居た場所……レミリアお嬢さまのところへ歩き去っていく。

「ヘヘヘ、メルランったらモテモテね」

 図々しくもその皿のフライドポテトに手を伸ばしながら、萃香が茶化す。

「でも咲夜の気持ちも分かるわね。メルランは本当に美味しそうに食べるもの」
「だからアリスも、いつも良いお酒持ってくるもんねえ。メルランが喜ぶからーって」
「ちょっ、バ、なに言ってんのよ!」

 アリスの顔が真っ赤になって、もう顔を真っ赤にしている萃香がケタケタ笑う。メルランもおかしくなって萃香と一緒に笑う。「な、何でメルランまで笑うのよ!」「だって、アリスおっかしー」
 二人の上げる嬌声に周囲からの視線が集まり、アリスはますます顔を紅潮させながら「何でもないっ!」と必死にアピールするのだった。



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