そして私は静かに、控え室へ向かう廊下を歩く。



 試合開始前にくぐった時はあっという間に通り過ぎてしまったこの道が、今はとても長く感じる。
 きっと控え室で待っているだろう二人のことを思うと、足が進まなかった。
 悔しさと自分の力の無さに、目元がじわりと

 握りしめた拳で壁を殴る。
 奥歯をぎゅっと噛み締める。
 駄目だ。こんなことじゃいけない。

 最初に行った姉さんは、戻ってきた時もさばさばしていた。
 その次に行った姉さんは、戻ってきた時もいつもの笑顔だった。
 だから私も、私だって、普段通りの顔であの二人の元へ戻らないといけないのに。

 ふと、足音が聞こえた。
 私は慌てて目元を拭う。それから無理矢理にでも、いつもの小賢しい笑みを口元に貼り付ける。

「も〜、待ちくたびれたじゃない」
「あんまり遅いから、迎えに来たよ」

 通路の奥から現れたのは、やっぱり姉さんたちだった。
 二人は私の側までやってくると、ぽんと私の肩を叩いて「お疲れ様」と言ってくれた。
 だから、私は……私も、出来る限り明るい声を出して、

「ははー、ゴメンね。私も負けちゃった。
 ルナ姉もメル姉も最初の試合で終わっちゃったからさ。私は負けないぞーって頑張ったんだけどね。
 やっぱり試合前から何か仕込んでおけば良かったわ。ルナ姉みたいな正攻法を挑んだのがそもそもの間違いだったのね、ウン。
 いや〜でも残念。もし勝ってたなら『わ〜い、私一人三回戦進出ー!』って毎日ふんぞり返ってやったのにね! ホ〜ント惜しかっ」

 いきなり後ろから抱き締められた。
「本当にお疲れ様。がんばったね、リリカ」
 耳元で囁かれるメル姉の声。
 やめて、そんな優しい声で労われたら、私。

「プリズムリバーの音をステージ上から絶やさないようにって、私たちの分まで頑張ってくれたのね」
 ルナ姉が私の手をそっとつかみ上げる。
「絶対に、絶対に負けたくないからって、手がこんなになるまで無理しちゃって」
 皮がはげて、爪は割れて、とても見られたもんじゃない。ひどい指。
 ルナ姉は両手で、そんな私の手をそっと包み込んでくれて。
 それからメル姉とで私を挟み込むように抱き締めてくれて。

 ああ、駄目だ。もう我慢出来ない。
「…………っ……う……」
 なのに、この姉たちは、私の気持ちなんて全然分かってないから。
 よりにもよって声を揃えて、妹の最後の努力を、必死の抵抗を、あっさり無駄にしてしまうようなことを言うんだ。


『ありがとう、リリカ』


 勝ちたかった。勝ちたかった。勝ちたかった!
 こんなにも優しい姉達の為に!
 同じステージに上がることすら叶わなかった妹の為に!
 勝ちたかった。勝ちたかった。勝ちたかった……のに……


「うああああああああああああああああっ!!」
 私は泣いた。
 声の限り泣いた。
 今だけは頭を真っ白にして、私は泣いた。
 メル姉がきゅって抱き締めてくれて。
 ルナ姉がそっと頭を撫でてくれて。

 私は泣いた。
 声の限り泣いた。




 第2回東方最萌トーナメント
 ルナサ=プリズムリバー
 メルラン=プリズムリバー
 リリカ=プリズムリバー
               ...終演



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