〜 Prismriver in IMP 〜


 長かった冬と短い春が終わり、やがて季節が春から夏へ移ろおうとしていた頃。
 連日のように行われる宴会、その盛り上げ役として奮闘するプリズムリバー三姉妹の元に、その日は珍しい場所から「来てもらえないか」という連絡が来た。


「おお〜〜〜」
「おおお〜〜〜」
 通された応接室の、赤と朱と紅で統一された豪奢な内装に目と首をぐるぐる動かす次女と三女。
 そんな妹たちの振る舞いにルナサは自分の顔を赤くする。
 だが妹たちが感心するのも無理はない。プリズムリバー姉妹の住む屋敷もそれなりに大きいものではあるのだが、今彼女らが訪れている屋敷は、それこそ幻想郷中を探しても屈指の規模を誇るのだから。
 そして、その屋敷の実質的な管理人であるところの、紅魔館メイド長十六夜咲夜は、その二つ名に相応しい瀟洒な笑みをたたえながら、彼女らに紅茶を勧めるのであった。


「……それで、お話というのは」
 大口を開けてシャンデリアを見上げるメルランと、出された白磁を「おお、これは!」とにらむリリカを両脇に、ルナサはやはり少し気恥ずかしそうにしながら訊ねる。
「ええ。わざわざ貴女達を召喚するのだから、もちろん相応の事由なのだけどね」
 かいつまんで言うと。
 先日の宴会に呼んでもらえなかったこの屋敷の主人の妹御が癇癪を起こした(「妹の癇癪」と聞いてルナサはちらりとメルランを見たが、彼女は素知らぬ顔で紅茶を味わっていた)。
 屋敷の者たちで何とか鎮めることが出来たのだが、当然何人ものメイドたちが巻き込まれ、怪我をしていた。
 その中に、紅魔館自慢の七重奏隊が含まれていたのだ。それも丁度三人。
「さほど大きな怪我でもないけど、演奏をするには支障があってね」
「そこで、怪我が治るまでの期間、私たちに代わりにセプテットに入ってくれと」
 十六夜咲夜はうなずくと、改めて居住まいを正し、小さく頭を下げる。
「引き受けてくれないかしら?」
「私たちは騒霊、音と賑わいが必要な場所にならどこへでも駆けつけます……喜んでお引き受けしましょう」
 ルナサが承諾の意を唱えると、咲夜は礼の言葉とともに、もう一度頭を下げた。


「おお……」
「おおお……」
 手渡された楽譜を、目をぐるぐる動かして覗き込む次女と三女。
 最近は新しい楽譜を目に入れる機会もなかなか少なくなったので、久方ぶりの感覚に心が高ぶっているのだろう。
 でもやっぱりルナサは、妹たちの所作が恥ずかしくて顔を赤くする。
「これがこの屋敷の主人、レミリア様のテーマ曲です」
 今は四人となっているセプテットの面々と顔を合わせた後、そのリーダーが楽譜を渡してくれた。
 主にこの曲を弾くのが普段の彼女らの、そしてこれから数日の姉妹の仕事ということである。
「なるほど……スカーレット家の主人に相応しい、威厳にあふれる旋律ね」
 五線の川を泳ぐおたまじゃくしの群れを見ただけで、ルナサはその曲がどのようなものなのか分かった。これは彼女の能力、ではなくて経験の為せる技。
 ルナサの述べた感想に、リーダーはありがとうと言って微笑んだ。
 その笑みはきっと、この曲を心から愛おしんでいるからだろうとルナサは思う。自分の好きなものを誉められるのは自分を誉められるのと同じくらい嬉しいことだ。妹たちの演奏に歓声が送られると、私まで嬉しくなるように。
「私はもうちょっとにぎやかなのがいいなー」
「ぶーっ!」
 不意にメルランの言葉に思わず吹き出すルナサ。
「メ、メルラン……今、なんて」
「え? うん。確かに格好いいんだけどね、もうちょっと賑やかな方が私は吹いてて楽しそうだなーって思うの」
 姉の心中など欠片ほども考えず、メルランは無邪気な笑顔で自分の思うままを言葉に出した。
「んー、まあ、メル姉の言うことも一理あるかな」
「リリカ! お前もか!Σ(;-_-)」
「これはこれで良い曲だけどね。普段の私たちの奔放なスタイルとは違うじゃない? ちょっと肩こりそうだし……」
 リリカは愛用のキーボードを取り出すと、指慣らしに軽く鍵盤を叩いてから、にやりと笑って。
「私だったらさ、例えばこんな……」


「どう?」
 自信ありげに一同をみやるリリカを、ルナサはまあ相変わらず器用な妹だと感心してみせる。今楽譜を見たばかりの曲をあっという間にアレンジしてしまうのだから。
「……いや、でもな。どうと言われたってな……」
 ルナサは不安に満ちた顔で紅魔館セプテットの面々を見る。何せ自分たちが長年弾き続けた楽曲を飛び入りが「気に入らないから」といじってしまったのだから、それはさぞ憤っているのでは無いかというと……
「……いいですね」
 リリカをじっと見ていたリーダーが、そう応えた。
 彼女の後ろに控える他の三人も、顔を合わせて「うん、面白い」「新鮮だわ」とうなずきあっている。
「え、あの、ええと……」
「ルナサさん。これでいきましょう! せっかくのコラボレーションなんですから、私も是非、普段とは違った音に挑戦してみたいですし。ああ、最終的には咲夜さんとお嬢さまの許可が必要ですけれど……」
 リーダーはルナサの手をがっしりと握る。その瞳には紅い炎が煌々と燃えていた。
「あの、その…………す、すみません」
 頭を下げるルナサの後ろで、リリカが「なんで謝るかなー」と笑っていた。




「お前が何か悪いことしているって、もっぱらの評判なんでねぇ」
「そりゃあ、良い事はしてないわ」
 妙に得意げに胸を張る魔理沙に、レミリアは苦笑して答える。
「そんな中、私が悪魔退治に乗り出したって訳。元々吸血鬼ハンターだしな」
「それは初耳ね」
 言葉の通り、意外だったのだろう。レミリアは目を丸く開いてぽかんとするという、いつも余裕たっぷりの彼女にしてはなかなか珍しい表情を浮かべた。
「さぁ、大人しくハントされるが身のためだぜ」
 不敵に笑って箒を構える魔理沙。レミリアはすっと手を伸ばし、小さく指を鳴らした。それが合図。
 彼女の自慢のセプテットが、一斉にその腕を振るい始める。
「……お?」
 ロビーに音が響いた瞬間、魔理沙の眉がぴくんと跳ねた。
「いつもとだいぶ曲が違うな」
「ああ、臨時雇いの楽士が勝手にアレンジしてくれちゃってね。
 でもなかなか良いから採用したの。この三日間限定でね」
「ほう。稀少品だな」
「そうね。こんな機会はなかなか無いわよ」
 二人とも構えをほどき、普段より賑やかで疾走感のあるその旋律にしばらくの間耳と心を傾ける。


「……ところで、何の用かしら」
「おっと、忘れるところだった。
 そうだな、今回の異変のことだが。お前が悪さしてると決め付けてやってきたぜ……」



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