(ん……もう、朝かな……)
 ふっと意識が広がる。全身を包む浮遊感。寝ている間に浮き上がってしまったかな……?
(……あー、夢か)
 眼下の光景は、それが夢であることを私にしっかりと教えていた。
 何せ、「そこ」はいつもの墓地ではなく一軒家で、内装は「今」でない、遥か昔の香りを漂わせて。
 そして何より、その部屋の真ん中に敷かれた布団に横になっている、小さな小さな女の子は。
(……私)
 5歳か6歳か、それくらいの私は、千尋母さんと、千柚に見守られながら、苦しそうな吐息を漏らしていた。
 そうだ、微かに記憶がある。子供の頃に、一度すごい高熱を出したことがあった。
 私より小さな千柚は、半分べそをかきながら、お母さんにすがりついている。……そうだ。この頃の千柚はこんなに可愛かったのに、いつの間にあんな毒物狂に……
「ねえ、おかあさん。おねえちゃん、だいじょうぶなの?」
「大丈夫よ。さっきも薬師の方に、薬を頂いたでしょう?」
「うん……」
 うなずくが、千柚は納得していない表情だ。本気で私を心配しているんだろうなぁ。
「それじゃ、千柚ちゃん。お母さんはちょっと出掛けてくるから、お姉ちゃんのこと、お願いね」
「うん」
 千尋母さんが出ていく。残されたのは千柚一人。千柚はうなされている私をじっと見ると、おもむろに
「……おくすり、のませてあげれば、楽になるかな?」
 チョット待テ。ああ。夢なのについツッコミを入れてしまった。
 千柚は炊事場にあった粉状のものを目に付く限り手に取ると、適当に混ぜ合わせて……
「はい、おねえちゃん。おくすりですよー」
 やめて千柚ー! という私の叫びも空しく、小さな「私」は布団を跳ね飛ばしてのたうち悶えた。
 そしてその光景を、恐ろしくも「こりゃ凄ェ……」って顔をしながら見下ろす千柚。その表情に、やがて喜びが浮き上がってくる。
 と、その小さな千柚が、不意に私……そう、夢を見ている「私」を見て、
 にやりと、笑った。

「わあおあああっ!!」
 叫びながら飛び起きる。耳に届く雀の鳴き声。そこはいつもの墓地だ。
「何よお姉ちゃん。いきなり変な声上げて」
 千柚……「今」の千柚が、訝しげに話しかけてくる。その顔を見ていると、先ほどの夢が、どうにもただの夢では思えなくなってきた。もしかしてあの夜が、千柚を「変えて」しまった夜だったのかも……。
 私は身支度を整えながら、千柚に夢の内容を話してみる。
「……あははは、何その夢」
 案の定、笑われた。いいよ、そういう反応が返ってくるんじゃないかと思ってたから。
「じゃ、千柚が変な実験とか始めたきっかけっていうのは、別にあの時じゃないんだー」
「そうよ。当たり前じゃない」
 ケラケラと笑う千柚。ま、そうよね。もっと大きくなってからのことかしら……

「だって、その時の高熱って、私がお姉ちゃんに一服盛ったせいだもの」

 誰か、誰か、お願いですから、この妹をどうにかしてください。

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