「CHRISTMAS TIME FOREVER」

 少女の見上げる夜空は薄く雲がかかり、まだかすかに小雪がちらついている。
 天気予報では夜半にはやみ、ところによっては晴れて星も見えるだろうとのことだった。
 ほう、と漏らした吐息は目の前で白い霞に変わり、すぐに冷たい空気に溶けて消えていく。
 つけっぱなしのラジオから流れるクリスマスソングが、少女が一人だけの部屋に静かに流れている。

「うにゅ」
 姫乃木一葉は窓を閉めると、長い黒髪がばらりとちらばるのにも構わず、白いシーツの敷かれたベッドにだらしなく身を投げ出した。それから深い嘆息をもうひとつ。
 仰向けになったまま、首を反らせて枕元にある時計を見やる。デジタル表示のそれが液晶で描く文字は、LE:E2。そして時刻表示の右隅にある今日の日付……h2/2l。
 時計に視線を留めたままごろりと寝返りをうつ。液晶の文字もくるりとひっくり返って、一葉に読み違えようのない正確な時刻、誤魔化しようのない時間の経過を教える。
 12/24 23:37
「はあ」
 もう一度大きくため息をついて、彼女の想い慕う青年のすまなそうな表情を脳裏に蘇らせて、一葉はふかふかの枕にぽすっと顔を沈めた。

「用事?」
 ベッドの上にちょこんと座った一葉が見つめる先で、青年は「うん」と残念そうにうなずいた。
 彼女は顔を少しうつむき気味にして少し口をとがらせると、胸の前で両手の指を落ち着かない様子で組んだり解いたりしながら、訝しそうな口調で
「……それって、もしかして他の」
「そうじゃない! そんなことは断じてない!」
 慌てふためきながら誤解を説く様子が、一葉はちょっとだけ可笑しかった。
 でも、クリスマスイブに彼と逢えないということが残念なのは確かで、「そうかあ」という呟きがつい口を衝いた。
 それがどうやら、彼にはひどく寂しげに映ったらしい。

 「用事が終わったら急いで病院に行くよ」という約束を取り付けた時は嬉しかったが、面会時間が終わるまでずっと生殺し状態にされるのだったら、「どうしても会いに来て」なんてせびらなかった方が良かったかもしれない。
 もう一度仰向けになると、一葉は白い天上を見つめてぽつりと呟いた。
「やっぱり……悪い子だからかなあ」
 彼は決して自分をないがしろにしているわけではないし、そんな彼に恨み言をはくなど全くの筋違いであることも分かっている。
 けれど心のどこか別のところでは、いつも自分の側にいてほしいとわがままを言い続ける自分がいる。
 そんな夢のようなことを求めている。

 ラジオのDJがかかっていたクリスマスソングをフェードアウトさせて、もうすぐ日付が変わることをしめやかに伝える。
 一葉は身体を起こして、自分の時計を振り返った。
 とても残念なことなのだけれど、一人だけの夜を過ごすのならば。
 祈りの言葉は愛しい人を思いながら唱えよう。
 そう心に決めて時計を見つめる。秒を刻む数字がゆっくりゆっくりと増えていって。

 一葉は瞳を閉じて、まぶたの裏いっぱいに彼の顔を描いて、
「メリークリスマス」

 と、彼女の耳に「とっとっとっ」と低くて小さな音が聞こえてきた。
 廊下の方から聞こえてくるので最初は看護婦さんの巡回かと思ったけれど、足音だとすればこのペースは明らかに走っていて、しかも不自然にくぐもっている。
 もしかして。もしかしたら。

「一葉ちゃん!」
「……お兄さん」
 忙しげなノックの後、応答を待たずに開けられたドアの向こう側には、サンタクロースよりもずっとずっと逢いたかった人がいた。

 最初に彼女の名を呼んでから、青年は肩を大きく上下させて荒い呼吸を繰り返す。ようやく息が少し落ち着いてきたところで、彼はおそるおそるという様子で、
「今何時?」
「え、あ、ちょ、ちょっと待って」
 驚きと嬉しさで彼に釘付けにしていた視線を、一葉は時計の表示に巡らせる。
「……12時2分」
「そう……ごめん。24日に逢う約束だったのに」
 がっくりと肩を落とす青年に、一葉はううんと首を横に振る。
 逢いに来てくれた。自分が一番望んでいたことを、貴方は叶えてくれた。
 それだけで充分だったから。

「……ありがとう……」
 こみ上げてきた感激で胸がいっぱいになって、それだけしか言葉に出来なかった。
 それでも、少し潤んだ瞳と一緒に浮かべた笑顔は、青年にも彼女の感激を余さず伝えてくれた。
 互いに心からの笑顔で見つめ合う。
 つけっ放しのラジオから流れるクリスマスソングが、少女と青年と二人だけの部屋に静かに流れている。

"Merry Christmas to you all now.
 Your dreams come true..."
戻る inserted by FC2 system