- 明日の花見の黒幕は -


「お花見がしたい!」
 発端はメル姉の一言だった。
 その訴えを聞いた時、最初長姉のルナ姉はその意味が全く分からなかったみたいだったし、もちろん私もメル姉の意図はちんぷんかんぷんだった。
 だって私たちプリズムリバーは、桜ほころぶ今の季節ともなれば、毎日のように何処かへ招かれては、夜通し行われる宴会に参加しているんだから。
 だけど、メル姉が言うには。
「私たちはいつも楽隊として呼ばれてるんじゃない。だからお花を見たり、お酒を飲んだりするだけじゃなくて会がお開きになるまできちんと演奏もしてなくちゃいけないでしょ?
 そうじゃなくて、たまにはちゃんとしたお花見がしたいの〜」
 そして、常日頃から機転や機知を働かせるのが得意と自負する私だけど、この時ばかりは自分でもびっくりするほどくるくると回った。
 これはチャンスだ。常日頃から企んでいた計画を実行に移すまたとないチャンスだと私は一瞬で確信。だから私はメル姉に一も二もなく賛同した。
「いいんじゃない? たまには仕事抜きにしてお花見楽しもうよ」
 そう言った瞬間、メル姉が「リリカ大好きー!」ときゅーっと抱き締めてきた。そのまま倒れ込まないように姉の勢いに耐えながら、ルナ姉の顔をちらりと伺う。
 果たしてルナ姉も断固反対という顔では無かった。なので、後は妹二人でじゃれついてやればいいだけ。ルナ姉はだいたいこれで落ちる。
 メル姉と二人してルナ姉の腕に絡まり、お花見コールをしながらこの後の段取りを考えていると、ルナ姉は案の定いつもの糸目で「う〜、分かった分かった」チョロい。

「決行は明日、朝から晩まで桜を楽しみながらまったりする。
 場所は白玉楼でいいね。あそこの桜が一番綺麗だし。今日・明日は演奏の注文も入ってないし、ということは白玉楼でもたぶん宴会は無いだろうから大丈夫だと思う。
 もし万一ダメだったら、仕方ないから博麗神社で我慢ってことで」
 改めて姉妹で顔を見合わせ、私はてきぱきとお花見の計画をまとめていく。ルナ姉は何につけても考え込んで決断が遅いし、メル姉はそもそも何も考えてないから、こういうのはたいがい私の仕事。
 姉二人も姉妹の役割は分かっているし、特に突拍子もないことを言ってるわけでもないから、口を挟んでくることはない。
「それじゃ、後は係を決めようね」
「係?」
 ルナ姉が怪訝な顔で訊き返してくる。メル姉はといえば、まだおっはな〜みおっはな〜みと嬉しそうに口ずさんでる。こちらの思惑に気付きそうな感じはあまりない。
 この次女は直感でモノを言ってくるから、時折自分の本心を言い当てられてしまうことがあるのだが、どうやら今はその心配はなさそうだ。
「そう、係。せっかく姉妹水入らずでお花見をするんだから、この際お花見の醍醐味を満喫しようと思うの。
 その為には色々な準備が必要なのよ。そのためには係を決めて役割分担をするのがいいの!」
 拳をぐっと握って力説する。
「……そうなの?」
「そーなのよー」
 ルナ姉はまだ腑に落ちない様子だけれど、ひとまず納得したらしい。
 これで第一関門は突破した。私は密かにほくそ笑む。
「じゃあ、まずお弁当係。これはいつも通りメル姉でいいね」
「はーい」
 私の指名に、メル姉が陽気に手を挙げる。
 ひとたび厨房に入れば食材を片っ端から使い果たすメル姉は宴会料理を作らせるには適任なので、こういう時はもっぱらメル姉に任せているのだ。というか、それ以外任せらんない。
 ルナ姉もそれは充分に承知しているから「任せたわよ」とかのんきなことを言ってる。
「で、私はお酒とか、その他に要りそうなものを調達する係」
「うんうん。それで、私は何をするの?」
 微妙に身体を乗り出してくるルナ姉。たぶんアレとかコレとか考えているんじゃないかと思うけど、その斜め上を行く当番を私は伝えてやる。
「場所取り係よ」
 え、とだけ発して、それから開いた瞳がすーっと細くなる。困っている時の姉の癖なのだが、この表情の変化はいつ見ても楽しい。
「……あの、リリカ。場所取りっていうのは」
「そのまんまよ。お花見の場所取り。
 この係はねルナ姉、これからみんなで楽しいお花見を始める場所を確保する名誉ある係なの。
 みんなの期待を一身に背負って、お花見を始めるその時まで占有した領域を命がけで守る、責任ある役目なのよ。
 この重要な係は、きっと私でもメル姉でもダメ。ルナ姉にしかつとめられないわ!」
 前のめりになって再び力説する。その迫力に圧されて「……わ、分かった」とうなずくルナ姉。たぶん「一身に背負う」とか「責任ある」とかのフレーズが決め手になったんだろう。チョロい。
 ……そういう性格だから、扱いやすいと思う一方で、心配になるんだけどね。

「では、これでプリズムリバー家臨時家族会議を終了します。というわけでルナ姉、場所取り頑張ってね。メル姉はお弁当よろしく」
「ああ……ところでリリカ。場所取りっていつから行くの?」
「今から」
「今から!?」
 姉の糸目がかぱっと開いて、またぺたっと閉じる。うん、この表情の変化はいつ見ても楽しいな。
「え、だって、今からってまだこんな時間だし、花見って明日でしょ?」
 困惑するルナ姉の目の前で、私はチッチッチッとメトロノームのように指を振る。
「場所取りっていうのは前の日からするものなのよ。そうしてみんなが到着するのを待ってるってのも花見の趣ってやつなの。楽しんでらっしゃい」
「うーん……」
 やはり腑に落ちてない様子だったけど、趣、趣とぶつぶつ呟いてから、「そういうことなら……」と承諾する。
 良かった。気付いてない。
 もちろん顔に出すようなヘマなどしないけど、私はその時ひどく狼狽してた。
 うっかり本音をこぼしてしまったから。

 いつもいつも二人の妹に振り回されてお疲れなのだから。
 一人になってる時でも、私たちのこととか考えて苦労しちゃってるんでしょ?
 だからたまには桜でも見ながらぼーっとしてて下さい、おねえさま。



「行ってらっしゃ〜い」
 屋敷を出て行くルナ姉の背中を、私とメル姉、ぴったり揃った二色のソプラノが見送る。
 その姿が空の果てに見えなくなると、私はくるっと振り向いてメル姉を呼び止めた。先程からずっと気になっていたことがある。それだけは出かける前に確認しておきたかった。
「それにしてもさ、どうしていきなり、お花見しようなんて考えたの?」
 そう、発案者はあくまでメル姉なのだ。私はその尻馬に乗ることにしたに過ぎない。
 しかもメル姉は、楽隊としてお花見に呼ばれれば、演奏の合間にも客席を転げ回って、ともすればステージ上にいるよりもやかましく宴会を騒がせているではないか。自分やルナ姉よりも絶対に、普段の「お花見」を楽しんでいるものだとばかり思っていたのだが。
 それがいきなりこんなことを言い出すからには、普段は何も考えていないようなメル姉にも、何か考えがあったりするんじゃないかと気になっていたんだけど。
「えー、別に〜?」
 実に脳天気な笑顔で答えてくれた。
 なるほど、何も考えてなかったらしい。
 私ははあ、とため息をひとつ。それでこの話を打ち切ることにした。まあこの姉が考え無しに行動に及ぶことなど、割といつものことなので。
 ……それに、ムラッ気たっぷりのメル姉が沈着冷静になったりしたら、私やルナ姉じゃかなわなくなっちゃうし。
「じゃ、さっき相談した通り、私はお酒の調達してくるから、メル姉はお花見弁当の準備、よろしくね」
「任せて。腕によりをかけて作るわ」
「うん、期待してる」
「いっちご味〜のすっぱげっちぃ〜♪」
「ソレハヤメテ」
 私も外に出ながら、メル姉の作るお花見弁当のメニューに一抹の不安を覚えた。ええと、イチゴは保存庫に入ってたっけ……。

 お酒の調達の為に、私は色々なところを巡る。
 それほど苦労はしない。この時期は方々で宴会に誘われるので、大抵は以前に行った演奏のツケの支払いをしてもらえばいい。後は演奏の約束をしての前払いだ。
 もちろん未払いの仕事を忘れたり、演奏の約束をブッキングするようなことなど、この私がする筈もない。
 幻想郷を飛び回って粗方のところを回り終えた後、私は両手で大量の酒瓶を抱えていた。



「ただいまー」
 すっかり日も暮れた頃。屋敷に戻った私は、いつものように帰宅の返事をする。
 返事はない。しんとしている。でも私はあまり気にしてない。ルナ姉は白玉楼に行ってるし、メル姉は多分いつものようにしているのだろう。
 確認の為に厨房を覗くと、案の定レイラの使っていたエプロンを抱き締めながら、テーブルの上に並んだ食材を穏やかな瞳で見つめている。
 私は想い出に耽る姉を邪魔しないよう、無言で厨房を離れた。

 最近は宴会になると専らお呼ばれなので、私たちで料理を用意するということもめっきり無くなってしまった。
 それに、この屋敷自体は祝い事とはあまり縁が近くないし。
 というわけで、このところはメル姉が厨房に立つということがすっかり無くなってしまったので。
 たまには「二人きり」で料理を作らせてあげようじゃない。



 自室に戻ると、明かりを付けずに、私は夜空を見上げる。
 ルナ姉は今頃、きちんと場所取りをしてるだろうか。
 幽々子さんはああ見えて結構色々なことに気付く人(人じゃなくて亡霊だけど)だから、たぶんルナ姉にもあまり干渉せず、のんびりとさせてくれてるだろう。
 ふふ、と笑みがこぼれる。メル姉は本当に良いアイディアを思いついてくれた。
 なかなか具体的行動に移すことが出来なかった私の懸案を、一気に解決してくれたのだから。

 さて、黒幕の仕事はここまで。私は姉たちより一足先にベッドに飛び込む。
 明日はいつものリリカに戻って、お花見を楽しむことにしよう。
 何せ姉妹水入らずの花見なんて、本当に本当に、本当に久しぶりなんだから。


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