密林を進み、湖に住まう妖精たちを退け、少女たちはとうとう目的の場所に辿り着いた。
 今は朽ち果てた遺跡、その地下へと掘られた通廊。
 このアドベンチャーの言い出しっぺである紅月ふらん、彼女が夢の中で見た「大きな大きな部屋」はその奥にある。少女たちはそれを信じて、闇の奥へと足を踏み出そうとした。

 伊吹萃香はハッと顔を上げて、自分と手をつないで歩いている紅月ふらんを振り返る。
「ふらん!」
「え、なに?」
 彼女は屈託のない顔で萃香に応える。それを見て、萃香はここに向かう前のことを思い出した。
 ふらんは、めるぽりんを留守番させている。
 危ないところには連れていきたくないという心優しい少女の配慮だが、故に彼女は、めるぽりんがいれば気付いているだろうことに気付いていない。
 萃香は腰に下げる瓢箪にそっと触れる。
 その栓に結わえてある3本の鎖が、チャラチャラと音を立てていた。
 それが意味するところとは、つまり……


「お待ちなさい」


 凛と響く涼やかな声。
 発した者の気品と威厳を想起させるその声に、振り向く少女達の背後には。

「!」

 そこにいたのは、遺跡内の狭い通路を埋め尽くすように、ずらりと並んだ少女達。
 揃いのデザインのワンピース、青・赤・金と色とりどりの頭髪の上には、にゅっと突き出たウサギ耳。
「我らは、永遠帝国のイナバ軍団!」
 少女達が一斉に上げた名乗りが、狭い通路の端から端にまで響き渡った。
 そして、先頭に立つ黒髪の少女が、すっと一歩前に出る。

 一人だけ、薄紅色の上着に深い紅色のスカートを身にまとった少女。
 足下まで伸びた艶やかな髪は闇よりもなお黒く、その中央で笑みを浮かべる白い顔は、夜空に浮かぶ月を思わせる。
 一見すれば可憐だとか美麗だとか、女性を賛美する言葉の似合いそうな少女は、だがその風貌からはあまりに異質な、禍々しい威圧感を放っていた。
「私は、永遠帝国の女王、クィーン・カグヤ。
 この遺跡に眠るという神器……その力、私のものとさせてもらうわ」

 瓢箪に結わえられた鎖が立てる音は、今はもうチャラチャラなんて優しいものではなく、ガチャガチャというけたたましいものだった。そして、その尖端は常に黒髪の少女――クィーン・カグヤを向いている。
 伊吹萃香は……ミッシングスイカは予感していた。


 ここから始まる弾幕バトルは、自分が今まで体験した中でもかつてない、熾烈なものになるだろうと。








    「弾幕天使フランドール・スカーレット - もうひとつの神器 -」
                    (feat. Missing Girl and Serenity Queen edition)








 どれくらい逃げ回っていただろうか、と伊吹萃香は今までの時間を回顧する。
 猛然と迫ってくるイナバ軍団は、突然現れた三人組のお姉さんたち(ふらんの知り合いのようだった)が食い止めてくれた。
 今自分たちを追いかけているのは、クィーン・カグヤと数名のイナバたちだけ。
(ただ……)
 萃香は前を走る少女たちの様子を見る。
 友人のふらんとその姉の紅月れみいの顔には、疲労の色が濃い。さっきから拳銃で後ろを牽制している蓮子も、残弾の量を気にしている。
(こっちも長くはもたないね……)
 何とか打開しないといけないと考えながら走っていると、不意に視界が開けた。


「これ……」
「すごい……」


 その通路は、巨大な鍾乳洞につながっていた。
 突然目の前に広がった荘厳な景色に、少女達は背後から迫る危機も忘れて見入っていた。


「……って、そうじゃなくて! 早く行かないと!」
 姉の手を取ってふらんが駆け出す。蓮子とメリーも互いにうなずきあうと、鍾乳洞の奥に再び口を開ける遺跡の通路を目指して走った。

 そして。
 伊吹萃香は一人、そこに立ち止まっている。

「萃香ちゃん?」
 振り向く友の顔に向けて、萃香は微笑みかける。
「先に行ってて、ふらんちゃん。
 私はここで、あいつらを食い止めるよ」
「え、でも……」
 瓢箪を腰から取り外すと、少女は自分の目の高さで、逡巡するふらんに見せつけるようにぶらぶらと揺すって見せる。
「ふらんちゃん。私にはこれがあるってこと、忘れちゃってない?」
 萃香はにっこりと微笑むと、まだ立ち止まったまま歩き出せずにいるふらんの肩をつかんで、ぐりんと前を向かせた。
 そして、少女の背中に、こつんと自分の額を当てる。

「ふらんちゃんがここに来たいっていうから、私はここまでついてきたんだよ。
 行ってきなってば。ここは私が引き受ける……ここから先へは誰一人通さない、大きな大きな岩戸になってあげるわ」

 最後に、彼女を促すように、ぽんと優しく背中を叩いた。
 それは友との別れの印。
 自分の決意と、再会の約束を刻んだ、ささやかなおまじない。

「蓮子さん、メリーさん。あとよろしく」
「……分かったわ」
「貴方も気をつけてね」
 萃香が両手で拳を作る。蓮子とメリーも自分の手を結んで、萃香のそれにこつんと当てた。




 紅月姉妹と秘封倶楽部が立ち去ったのと入れ替わるように、クィーン・カグヤは萃香の目の前に現れた。
「あら、どうしたの? 鬼ごっこはもうおしまい?」
 一瞬目を丸くして、それから萃香はぷっと吹き出した。鬼ごっことは、自分にとってはまさにうってつけだ。ただ、つい先程までは鬼が追いかけられる側だったのだが。
 彼女のその仕草が、カグヤの気に障ったらしい。形の良い眉をわずかにひそめて、カグヤは一歩、踏み出す。
「何がおかしいの?
 この精鋭イナバとクィーン・カグヤを前にして、ただの小娘が何をおかしがっているのかしら?
 それとも、まさか……貴方も神器を持っているとでも?」
「神器? ふらんちゃんが持ってるみたいな?
 いやいや。そんな大層なものは持ってないなぁ」
 おどけた仕草で肩をすくめる少女の仕草に、カグヤは形のいい眉をひそめる。彼女は萃香に向けてすっと手をかざすと、
「やりなさい」
 彼女の側に控えていたイナバたちが、一斉に地を蹴って、萃香に飛びかかる。

「神の器なんて大層なものは持ってないよ。
 私が持っているのは、もっと異質な力の器。

                         Immmaterial and Missing Power
 この幻想郷からは久しく失われていた、消え去り、忘れられていた力よ」

 瓢箪を頭上に構えて、少女は叫ぶ。
「みんなの力をここに萃めて! インマテリアル!」
 刹那、光り輝く瓢箪の栓を外し、萃香はその中に溢れる液体を一息に飲み干した。


 少女の内側から、光が弾ける。
 溢れ出す霧が彼女の上半身を包み、ノースリーブのブラウスへと替わり。
 華奢な腰を巻くように流れた霧が、典雅な紫色のスカートとなって少女の下半身を飾る。
 瓢箪の栓から外れた三本の鎖が、彼女の両手首に絡み、もう一本が少女の髪を一束にまとめる。
 そして少女の蜂蜜色の髪から、其の存在が何を由縁とするかを謳うように、二本の角が突き出した。


「なっ!?」
「変身した!?」

 血相を変えるイナバたちの体を、少女の伸ばした鎖が瞬時に捕らえ、壁面に叩き付ける。
 そして少女は、こちらも驚きに目を見開くクィーン・カグヤをまっすぐ見据えた。

「鬼『ごっこ』はもう終わり。
 これより先、あんたの相手をするのはこの私。
 鬼童少女ミッシングスイカ……本当の『鬼』よ」

 くっ、とカグヤの肩が揺れた。
 彼女は笑っていた。
「く、くっくくくくくくく」
 目の前の鬼よりもなお、鬼のような貌で。
「面白いわねぇ。こんな力を持つ者が、まだこの幻想郷にいたなんて。
 いいわ、鬼さん。遊んであげる。ほうら……」
 妖しい蕾が花開くように、カグヤが両手をゆらありと広げ、そして。

「手の鳴る方へ」

 パン、と響く音。
 それが始まりの合図。

 打ち合わせられたカグヤの手のひらの狭間から、極彩色の弾丸が放たれた。

「その程度!」
 スイカが腕を一閃する。その手から放たれるのは、一発の火球。
「そんな玉一発で何が出来るのかしら?」
「こんなことかしら!」
 轟音と共にスイカの放った火球が炸裂し、カグヤの弾幕を吹き飛ばす。
 熱気を帯びた爆風から顔を背けるカグヤに対してスイカは一気に間合いを詰めると、瓢箪の中身を口に含み、炎としてそれを吹き出した。
「きゃああ!?」
 カグヤの体に浴びせられた炎は、一瞬のうちに彼女の全身に広がり、一息に焼き付くさんと燃え上がる。
「なに、もう終わり?」
 スイカが片眉をつり上げた。
 拍子抜けだと思った、その時。

 炎の奥から響く笑い声。
「この程度の炎で私を灼こうなど」
 燃えていない。炎の中心で、その中心たる存在は少しも質量を減らしていない。

「火鼠の皮衣。どんな炎にも燃え尽きることの無い、永遠帝国の秘宝よ」
 その言葉が契機であったかのように。カグヤの全身を包む炎が瞬時に消し飛んだ。
 そして彼女の着衣は、鈍く赤く、まるで先程の炎を吸い込んだように煌々と輝いている。

「お返しするわ……神宝『サラマンダーシールド』!!」

 カグヤの全身から真紅の火線が放たれる。
「あうっ!?」
 スイカは必死でそれをよけたが、数発が小さな身体をかすめ、少女の肌を焼いた。

「まあ、秘宝と言ってもレプリカなんだけどね」
 余裕の笑みを浮かべるカグヤを、スイカは憎々しいと睨み付ける。
「偽物なのに秘宝なの?」
「それに相応しい力は持っていると思うわよ。貴方の炎を全て跳ね返す程度、とか」
「ああそうかい。なら試してあげるよ」
 渾身の力を込めて、スイカは拳を握り締める。
「萃まれ、力よ……密に、密に、密に! 鬼火『超高密度燐禍術』!!」
 その拳を、思いっきり地面に叩き付けた。


「え」
 素っ頓狂な呟きを放った刹那。
 カグヤの足下から、猛烈な火柱が吹き上がった。
「ええ!?」
 炎の中でカグヤは驚愕する。火鼠の皮衣が煤に汚れ、煙を上げ始めた。
 それは先程の炎を遙かに凌ぐ猛火。
「まさか、そんな!?」
「偽物の分際で、我らの力に叶うと思うな」
 燃えぬとされた伝説の秘宝は、その出自に相応しく、哀れ炎を上げて燃え尽きる。
 そして吹き上がる火柱は、クィーン・カグヤをも諸共に焼き尽くそうと勢いを強めた。
 だが。

 火柱の中心から突如あふれ出した水が、瞬く間に炎を飲み込み、荒れ狂う赤い嵐を鎮めていく。

 ぽかんと口を開けるスイカに対して、あふれる水流の中心にいるカグヤは、ふっと笑った。
「残念だったわね、鬼。
 私は永遠と須臾を操る程度の能力を持ち、その能力はまた私の命も永遠のものとしている。
 お前の力でも私を絶命させることは出来ないわ」
 そして彼女は、両手で捧げ持つように抱えていた巻き貝を、スイカの瞳の前に晒す。
「これは燕の子安貝。
 私の能力によって私の命が甦る時、あふれる力を受け止める道具。
 そうしてこの道具の中にたまった力は……もう、分かるわね。水の弾幕となって放たれる」

 スイカに向けてカグヤが手をかざし、力ある詞を発する。
「神宝『ライフスプリングインフィニティ』」
 迸る水が無数の刃となってスイカに襲いかかる。
 だが、今度は心の準備が出来ていた。

「地霊『投擲の天岩戸』!」
 スイカの周囲の小石が浮き上がり、岩盤がめくれ、少女の周囲に萃まっていく。それはカグヤの弾幕を弾く堅牢な鎧となり、侵攻を許さない。
「萃まれ!」
 カグヤの弾幕を凌ぎきると、スイカは自分の周囲に浮かんでいた礫片を自分の手元に萃め、巨大な岩の弾を作り出す。そして、それをカグヤに向かって全力で投げつけた。
 うなりを上げて飛来する巨大な弾丸は、なおも放たれる弾幕のことごとくを打ち砕き、カグヤに押し迫る。

「仏の御石の鉢よ!」

 カグヤの構えた石の鉢が、その巨岩を受け止める。
 鉢はヒビひとつ入ることなく、まさしく完璧にその巨岩を防ぎ切った。
「いかなる衝撃にも砕けることなく、与えられた衝撃が大きいほどに光り輝く御石の鉢よ」
 結合力を失ってバラバラと岩が砕け落ちる、その破片の奥で自分を見据えるスイカに向けて、カグヤは自慢げに語る。
「で、その後は岩の弾幕ってかい? もう読めてるのよ」

「神宝『ブディストダイアモンド』!!」
 石の鉢が光を放ち、その底から無数の輝く石礫が放たれる。雨粒の如くに降り注ぐ弾幕は、前後左右、どこにも逃げ場が無いと思うほどに激しいものだった。
 しかしスイカはひるまない。言った通り、既にカグヤの動きは読めている。


「疎符『六里霧中』!!」


 その声が響きわたった瞬間、少女の姿がかき消える。
「消えた!?」
 さしものカグヤも、驚きを隠せない顔で周囲を見回す。
 スイカの姿はやはりどこにもない。だが、確かに気配は感じる。どこかで自分に撃ち込む矢を矯めている。

「くぅっ!?」
 不意に、背中に衝撃。
 振り返っても、そこには誰もいない。何もない。
「きゃふっ、あうっ!?」
 今度は立て続けに二度。右と、背面。
 さらに、予想のつかないあらぬ方向から次々と、カグヤ目がけて弾が放たれる。気付くことの出来る分は何とかよけているが、死角から襲ってくる弾には、さしものカグヤも対処の仕様が無かった。
「……このクィーン・カグヤをここまで翻弄するとは、大したものだわ」
 相手の弾幕の正体が無いかと周囲に視線を走らせながら、彼女は頭を巡らせる。
 高速移動? いいや、違う。それなら空気はもっとかき乱れている筈だ。自分の周囲に浮かぶ靄も千々に乱れて……
「靄……?」
 自分の感じた違和感を、カグヤはそのまま口にする。
 こんな靄は、いつからこの場に……いいや、自分の周りに漂っていたか?

 そして、少女の動きは速かった。
「バレたか。意外に早かったね」
 カグヤの頭上から降ってくる声。
 限りなく自分を疎にし、靄状になってカグヤの周囲を漂い弾を撃っていたミッシングスイカは、再び自分を密にしてカグヤの頭上に具現化していた。
 そして、さらに、さらに、さらに、自分という存在を密にする。自分の小さな身体からあふれ出しそうなほど、鬼の力を密にする。

「鬼跡『坤軸の大鬼』!!」

 集積された鬼の力によって瞬時に巨大化したスイカの足が、クィーン・カグヤを踏みつぶした。

「その程度の宝で、我ら鬼に叶うと思うな」
 スイカがにやりと笑って、ゆっくりと足をどけようとした、その瞬間。

「神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』」

 五色の弾丸が少女の足を貫き、全身を引き裂く。
 悲鳴を上げるスイカの姿が、見る間に収縮していく。
「うあ、ああっ……!」
 元のサイズに戻った少女は、血塗れの足を押さえ、苦悶の呻きを上げて石床をのたうちまわった。

「いい気味ね」
 ゆっくりと立ち上がったカグヤは、スイカの苦悶の表情を心底楽しそうに見下ろしながら、そう呟いた。
「やはり鬼にはこれが一番効くようね。五色の煌めきを放つ龍の頸の玉……金行の宝具」
「ぐうう……」
 勝ち誇るカグヤの様を涙目でにらみながら、スイカは自分の浅はかさを罵った。
 火を操る道具。水を撃ち放つ道具。大地を揺るがす道具。
 それらの物を見せられたのならば、己の天敵、鬼の弱点――金行に属する道具もまたあっておかしくない、そこに思い至るべきだった。
 事実、クィーン・カグヤはそれを持っていた。そして私は痛い目に。まったくバカだ。大バカだ。
 それでも。少女は痛む足に力を込め、立ち上がる。顔を苦痛に歪め、額に脂汗を浮かべ、その目には未だ猛る闘志を燃やして。

 それは約束なのだから。
 彼女との約束なのだから。
 彼女の道行きを守り、共に笑顔で再会するという約束なのだから。
 その約束を違えることなど、『鬼道少女』の名に於いて、出来るわけがない。

「あら、まだ立てるの」
 感心するわと笑うカグヤ。その様子には、まだ余裕が見て取れる。
「……『坤軸の大鬼』が直撃しても生きてるなんてね。永遠の命とやらは嘘じゃなさそうだ」
「そうね。貴方には残念なことだけれど、本当のことよ」

 再びカグヤの手から放たれる極彩色の弾幕。
 一歩踏むごとに足に走る痛みに耐えながら、スイカは何とかそれをかわし、防ぐ。
 だが、やはり動きの悪さは一目瞭然だった。
「やっぱり、その足で弾幕をかわし続けるのは無理みたいね。
 ひと思いに、この『蓬莱の弾の枝』で貴方を吹き飛ばしてしまっても、いいのだけど」
 ぼろぼろのスイカを見るカグヤの顔が、嗜虐の喜びに歪む。
「この私を足蹴にした罪は重いわ。
 じわじわとなぶり殺しにしてあげる」

(……まずい)
 たらりと垂れる汗を拭って、スイカは奥歯を噛み締める。
 確かにこの足では、満足に弾幕をよけることは出来ない。
 だが、相手は殴り倒しても焼き尽くしても甦る、永遠の命の持ち主だという。
(だいたい、永遠の力を持つなんて反則だよ。何度倒しても終わらないなんて……)

 何度倒しても終わらない。
 どれだけ倒しても甦る相手。

(……そうだ)
 脳裏にひとつの答えを浮かべて、スイカは相手の姿を見やる。
 相手は倒しても倒しても力を失わない。
(なら、これでいけるかもしれない)
 これは賭だ。自分の推測が間違っているかもしれないし、推測が正しくても、通用しないかも知れない。
 けれど、このままでは確実に、自分は敗れる。
(なら、やってやるしか……ない!)

「ミッシング・チェーン!!」
 スイカは目の前で両手をクロスさせる。かけ声と共に腕に巻き付いていた鎖がばらりと外れ、螺旋を描いてカグヤに伸び、瞬く間に少女の身体を縛り上げた。
 カグヤは一瞬顔を歪めたが、すぐに余裕を取り戻して、その顔に嘲笑を浮かべる。
「私を縛って動きを封じるつもり?」
「縛るだけじゃないわ。こうするのよ!」
 カグヤを縛る二本の鎖を右手でまとめると、スイカは左手でスペルカードを取り、高々と天に掲げる。
「酔夢『施餓鬼縛りの術』!!」
 少女の術が発動し、鎖が目映い光を放つ。
「くう!? 力が吸われていく!」
「そうよ。『施餓鬼縛り』は相手の霊力を吸い取り、自分のものにすることが出来るスペル。
 これであなたの力、限界まで吸い取ってあげるわ」
「なるほど……でも残念でした、それも無駄。命だけではなく、私の霊力もまた、永遠に尽きることは無いのよ」
 所詮、貴方の力など通用しない。カグヤは依然、余裕の笑みを崩さない。


「ええ、そうだろうと思った」

 汗の浮いた顔で、スイカはにっと笑う。勝利を手元にたぐり寄せた者の放つ、確信の笑み。


「普通の弾幕怪人なら『施餓鬼縛り』を受ければたちどころに力を失ってしまうわ。
 でもあんたの力は永遠に尽きない。だからこの術は限界まであんたの力を奪い続ける。
 ……言ったよね。奪った力は私のものになる、って」

 少女は右手を突き出す。
 そこには、二人を繋ぐ二本の鎖以外に、もうひとつ握られているものがあった。

「スペルカード!?」
「そう。あんたの力と私の力を使って、このスペルカードをぶっ放す」
「バカな、スペルカードの二重使用ですって!? そんなこと、出来る筈が無い!」
「だったら、出来るかどうか確かめてみようじゃない!」

 左手をそのままに、スイカは右手を突き上げる。
「萃鬼『天手力男投げ』!!」

 光を発したスペルカードがそのまま光の塊となり、ミッシングスイカの右腕に吸い込まれる。
 同時に、猛烈な勢いで鎖が巻き戻り、その先端に捕らえたクィーン・カグヤを引き寄せる。
 そしてカグヤの喉元を、スイカの右手がつかんだ。

「うおおおおおーーーーーー!!」

 カグヤをつかんだ右腕を、スイカは風車のように振り回す。
 少女の「萃める力」が鍾乳洞いっぱいに嵐のように吹き荒れ、それは床を、壁を、天井を構成する岩盤をも引き剥がし、スイカの手元へと萃めていく。
 猛スピードで振り回され、悲鳴を上げることすらも出来ないカグヤの全身に、萃められた岩盤が叩き付けられ、それはカグヤを包み込むように彼女に張り付く。

「もっとだ……もっと萃まれぇーー!!」

 スイカの「萃める力」の中心にされたカグヤを押し潰さんとばかりに、次々と岩盤がカグヤに衝突する。いつしかカグヤの姿は完全に岩の欠片で覆われ、服の裾一片、髪の一房すらも見えなくなっていた。
 そして、スイカの中をかけ巡る力が臨界に達した瞬間。
 中心にカグヤを包んだ巨大な岩の塊を、スイカは渾身の力を込めて投げつけた。
 鍾乳洞の岩壁に激突した岩玉は、凄まじい轟音を洞一杯に響き渡らせた。
 そして、二人の弾幕に抉られ、スイカの萃める力によって多くの支えを失った洞窟が、ついに崩落を始める。
 カグヤを押し込めた岩塊は新たに降り注いだ岩によって瞬く間に覆われ、埋められ、その姿を地の底深くに沈めていった。


「これだけ重しが乗っかれば、流石のあんたも出てはこれないでしょう……?」
 ふーっと息を吐くと、スイカはその場に膝を突いて、ぺたんと座り込む。

 その間近に、彼女の身の丈の二倍ほどもある岩塊が落ちる。
 スイカは驚きに僅かに顔をしかめ、だが彼女の首から下はわずかの反応も示さない。示すことが出来ない。
 二枚のスペルカードの同時使用による負荷、さらには自分とカグヤの二人分の力が走り抜けた体は、もう一歩も歩くことすら出来ないほど、ボロボロだった。

 壁が倒れ、天井が落ち、その姿を失っていく空洞をじっと見つめて。
 それでもスイカは笑っている。

「ごめんね、ふらんちゃん……私、ここまでみたいだ……」
 閉じたまぶたの裏側に、友の笑顔を甦らせる。


「フラン……ドール…………どうか、無事で……」


 天を仰いだ少女の、頭上の岩に亀裂が走り――







「えっ」
 紅月ふらんは唐突に立ち止まり、後ろを振り返った。
「地震……かしら。揺れてるわね」
「通路が埋まってなければいいんだけど」
 蓮子とメリーが不安そうに顔を合わせる。
 ふらんはしばらく、自分たちが通ってきた通路をじっと見ていたが、傍らの姉の訝しげな視線に気付くと、慌てて前を向き直し、再び歩き始めた。

「お友達のこと……心配なの?」
 歩き出してすぐに、れみいが訊ねてくる。
 ふらんはそれに応えて、姉の顔を見上げると、
「ううん。きっと大丈夫だって信じてる」
 首を横に振った。




「だって……萃香ちゃんは、すごくすごく強いんだから」




  The end of feat. Missing Girl and Serenity Queen edition.

    And to be continued feat. Scarlet Angels edition!!



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