風がごうごうと吹き荒れている。
 これほどに冥界の空気が乱れる様を、魂魄妖夢はかつて見たことが無い。
 気がはやる。満身創痍の身体を引きずって昇る石段は、永劫に続くと思えるほどに長い道行きだった。
 やっとの思いで昇りきり、白玉楼の表口に立った少女が見たものは。



 嵐の中央で狂ったように花開く、巨大な桜の樹だった。



 妖怪桜の枝が揺れ、同時にそこから無数の蝶が飛び立つ。
「あれは……幽々子さまの死蝶!?」
 妖夢は慌ててその場から飛び退く。自分の推測通りならば、この蝶は触れただけでその命を容易く奪う。体調が十全ならば一撃二撃は耐えられるだろうが、今の妖夢はつい先ほどまでの弾幕勝負に敗れ、深く傷を負った状態だった。
 さらに、桜の中央から一斉に閃光が放たれる。その閃光は庭を切り裂き、屋敷を砕き、呆然とその光景を見つめる妖夢の眼前で、少女が見知った景色を無惨に灼き尽くしていく。

 少女は、ただ、力無く。
「いったい、何が……」
 そう呟くことしか出来なかった。



「きゃあっ!」
 甲高い悲鳴。
 へたり込んだ妖夢の間近に、一人の人間が落ちてくる。
 その少女の顔には見覚えがあった。というより、今し方弾幕を交えたばかりの相手だ。
「お前は……十六夜咲夜」
「……さっきの庭師?」
 地面に打ったのだろう腰をさすって、咲夜はわずかに潤んだ青色の瞳を妖夢に向ける。

「おーい咲夜、大丈夫……っと、さっきの庭師」
 箒にまたがった金髪の少女が飛んでくる。霧雨魔理沙、やはり妖夢が先ほど弾幕を交えた相手だ。
 ちなみに妖夢の負った傷は、最初に遭遇した時は魔理沙の魔法で吹っ飛ばされてついたものと、もう一度挑みかかった時に咲夜に八つ裂きにされてついたものである。

「これは……一体、何が起こったんだ?」
 丁度良いので訊ねてみることにした。というか、どう考えてもこの二人とあと一人が当事者であるのは間違いないからだ。
「あなたが話を進めた通り、お嬢さまと戦うことになったのよ」
「おっと、ちなみにお嬢さまと戦ったのは霊夢一人だぜ。一斉にかかるのはルール違反だし、交代でかかるのはマナー違反だからな」
「霊夢」
 その名を反芻する。この二人と一緒に白玉楼のやってきた紅白の巫女は、今も西行妖から放たれる死蝶と閃光から懸命に身をかわしていた。



「ああダメだ、一端退却!」
 一人では与しきれないと判断したのだろう、霊夢も魔理沙と咲夜、そして妖夢の元まで後退する。
「やっぱりキツいわ。ルールとかマナーとか言ってる場合じゃない……あら、さっきの庭師」
 霊夢は座り込んだ妖夢の側にふわりと舞い降りる。その背後から死蝶が迫ってきていたが、魔理沙のマジックミサイルと咲夜のナイフがそれを叩き落とした。
「参ったわ。あんたのとこのお嬢さま、ちょっと大変なことになった」
「大変なこと!?」
 妖夢は跳ね起きる。そういえば、先ほどから妖夢の主――西行寺幽々子の姿は一向に見当たらない。

「あの桜が花を咲かせる前に、私はあのお嬢さまをやっつけた……筈だったのよ。
 けれど……他ならない彼女の持っていたなけなしの春が、最後の決め手になってしまったのね。
 あの化け物桜は一斉に花開いて、後はあの通りよ。ところ構わずに蝶を飛ばし、光を放って……誰彼構わず『死』を振りまいているわ。ひとまずマナーから無視して当たってみたんだけど……」
 霊夢は手に握っていた符と針に視線を落として嘆息する。
「この程度のものじゃ、いくら撃ち込んでもまるで効いてないみたい」
 魔理沙も咲夜も一様に曇った表情を浮かべている。彼女らの得物も同程度でしかないのである。

「しかもね……困ったことにね。あいつ、どんどん周囲の春を奪っていってるわ。
 このままじゃ、幻想郷の春は全部あいつに吸い尽くされてしまって……ここは常冬の世界になってしまう」
「ぞっとしないぜ」
「早くなんとかしないといけないんだけどね……」
 魔理沙がガクガクと肩を震わせ、咲夜は難しい表情で腕を組む。霊夢の表情もいつになく引き締まっている。そう、このままでは……彼女たちの楽園は永久に失われてしまうのだ。
 妖夢にも、その重大さはすぐに飲み込めた。
 彼女は庭師、日常の中に常に季節を感じる職務である。
 花咲き誇る春も、草木が青々と繁る夏も、落ち葉舞い郷愁を誘う秋も、全て奪われてしまうのだ。
 あの桜に。



「私のせいだ……」
 楼観剣をぎりっと握りしめる、その手が悔恨に震えた。
「私が、お嬢様の言われるままに、幻想郷の春という春を集めてしまったから……」
 うつむく妖夢を苦々しげに見つめて、三人は「違う」とは言わない。「そうだ」とも言わない。
 全てはもう、起こってしまったことなのだから。



「お嬢様……そうだ、幽々子お嬢様はどこに!?」
 少女にとって最も大切な人、自分よりも大切な主人の所在を求めて、妖夢は顔を上げる。
 その肩を霊夢が軽く叩いて、
「あんたのお嬢様は、あそこ」
 そしてまっすぐに西行妖を指さした。

 我が物顔で暴れる西行妖、その太い太い幹の中程に、妖夢は己の主人の姿を見た。
 彼女は、腰の中程までを西行妖の幹にめり込ませ、瞳を閉じてうなだれていた。
 その様はまるで、今にも妖怪桜に飲み込まれようとしているようにも見えて……

「――お嬢様ァッ!!」

 悲痛な叫びが、冥界の空に響く。




 その時。
 遠く彼方にその身を隔てながら、妖夢は確かに、それを見た。

 よ う む

 幽々子の唇が、動いた。



 次の瞬間、妖夢は首根っこを掴まれ、強く引きずられる。
 西行妖の放った閃光が、ほんの一秒前まで彼女が立っていた場所をなぎ払った。
「夢符『二重結界』!!」
 さらに襲いかかる二撃目、三撃目を、霊夢の張った結界が跳ね返す。

「いきなり反応があったな」
 首筋に浮いた冷や汗を拭いながら、魔理沙が不敵に笑う。
「反応があった?」
 咲夜にぶら下げられたまま、妖夢は訝しげに魔理沙を振り返る。
 ああ、と鷹揚にうなずく少女の瞳は、何かをつかんだ輝きを有している。
「最初からおかしいと思ってたんだよ。
 あいつは桜の妖怪の筈だろう。撃ってくるなら桜の花びらみたいな情緒のあるモンか、そうでなければただの妖気の塊の筈だぜ。
 だが、私たちが必死によけていた『モノ』は何だ?」
「蝶と、光ね」
 咲夜の答えるその口調は、回答というより確認の音色。
「……お嬢様の弾!」
 妖夢がはっとした顔で西行妖を振り向く。
「そう。あいつは今撃ってる弾は、あのお嬢様を通して撃たれてる。
 何故そんな回りくどいことをしてるのか? その答えはひとつしかない、と言うより他にあってほしくないんだが。
 あの妖怪桜の目覚めは完全じゃない。
 まだ自分一人じゃろくに弾も撃てない、化け物みたいなナリの赤ん坊なんだよ」

「じゃあー! あの桜からお嬢様を引き剥がせば、何とかなるってことー!?」
 結界を維持しながら、霊夢が大声で訊ねてくる。
「ああ。そうすりゃ後は何とかなる……かもしれない。
 ちなみに、引き剥がすと言っても無理矢理引っぺがすのは無理だぜ。魔術的というか霊的というか、そういう結び付きをしてるだろうからな」
「じゃあ、どうするのよ?」
「それは……」
 さらに咲夜に訊かれた魔理沙は、彼女がぶら下げている少女を見て、
「そいつが知ってるぜ」

「は? 私が!?」
 突然話を振られた妖夢は素っ頓狂な声を上げる。
 少女が狼狽するのも当然のことだろう。知っていると言われても、何のことか皆目見当が付かないのだから。
 魔理沙は一度大きくうなずくと、笑みを消し、真剣な表情で妖夢を見据えた。
「落ち着いて聞け。魂魄妖夢。
 お前の主は今、いわば妖怪桜に操られて、無理矢理力を使わせられているような状態なんだ。
 そして、お嬢様自身は桜に意識を奪われてあの通り、自分は為す術もないって状況だ。
 だからお前が説得してみろ。お前の声で、お嬢様に呼びかけてみろ。
 たった今出会った私たちの言葉では無理でも、お前の言葉なら届くかもしれない。押さえつけられたお嬢様の意識を、呼び覚ますことが出来るかもしれない。
 お嬢様が意識を取り戻すことが出来れば、もしかしたら桜の束縛から逃れることが出来るかもしれないし、せめて力を抑えることくらいは出来るんじゃないかという希望的観測だ。
 ま、ダメならダメで、別の手を考えるぜ」

 魔理沙は気付いていなかったが、妖夢は気付いている。
 彼女の言葉が、確かに幽々子に届いていたことに。
 だから、妖夢は迷わなかった。咲夜の手をほどき、自分でふわりと舞い上がると、決意を込めた瞳でうなずいた。
 満身創痍で、スペルカードを一枚も残らずに使い果たした今の自分でも、幽々子お嬢様を助ける為の力になれるなら。
「やる……いや、やらせてくれ」
 妖夢に拒否の意が生まれようはずも無かった。



「じゃ、いくわよ。いいわね?」
「ああ。準備は出来ている」
「こうなったらマナーもルールもあったもんじゃないぜ」
「2...1...Go!」
 あれから瞬時に話をまとめ、作戦をとりまとめた。
 作戦と言っても大したものではない。霊夢・魔理沙・咲夜の三人で撃ち込むだけ撃ち込んで西行妖の注意を引き、その隙に妖夢が幽々子に声をかけるという、至極大ざっぱな段取りである。
 まあ、私以外はそんなに頭を回す時間も無いし、とは咲夜の弁。

 三人が散開し、それぞれに自分の得物を桜の幹に向けて撃ち込む。
 先程まで無差別に弾幕をまき散らしていた西行妖に変化が現れる。死蝶が意図的に三人に向かっていく。
 そして、閃光が周囲を一薙ぎ。
「今よ、妖夢!」
 紙一重で全ての弾をよけながら、霊夢が叫ぶ。
 その声が届くより早く、妖夢は地を蹴っていた。



 西行妖の間近まで迫って、少女は改めてその妖樹を見上げる。
 庭仕事の度に見上げていた桜の樹。普段は妖気の欠片も感じない枯れ木が、今は枝一杯に花を、美しくも禍々しい絢爛たる桜花をつけている。
 その中心で西行寺幽々子は、西行妖に身体の半ばまで呑まれ、眠るように瞳を閉じている。その姿はさながら妖怪桜に捧げられた生贄。背筋が凍るような光景に身を震わせながらも、妖夢はすうっと息を吸い、そして
「幽々子さまッ!」
 叫ぶ。

「幽々子さま……もうよしましょう、終わりにしましょう!
 西行妖は、咲かせるべきではない桜だったんです!
 そいつから離れて……戻ってきて下さい、幽々子さま!」

 今度は、はっきりと見えた。
 幽々子の唇が動いた。妖夢の名を、確かに呼んだ。
「幽々子さま!」
 妖夢はもう一度叫び。

 大量の死蝶が、妖夢目がけて殺到した。
「クッ!」
 楼観剣を握りしめ、妖夢は渾身の力でそれを振るい、蝶たちを散らす。



「ッ!!」
 思わず剣を取り落としそうになるほどの衝撃。
 腕だけではなく、全身に痛みが走る。
 自分の身体のまだ生きている部分が、ごそりとそぎ落とされていくような苦痛。

 次の瞬間、妖夢は再び首根っこを掴まれ、強く引きずられた。
 気が付けば、先程自分が立っていた……今、死蝶が殺到している場所から、だいぶ離れている。
「……次は無いわよ」
 まったく手間がかかると嘆息する咲夜。その手の中で、彼女の力が込められたスペルカード……『時符』がその力を全て使い果たして音もなく崩れ去る。
「すまない」
「いいわよ。この際一蓮托生だもの……で、作戦は失敗?」
 西行妖にも、そして幽々子にも未だ何の変化も無いように見える。苛烈な弾幕は依然、止まる素振りすらない。
 今は霊夢と魔理沙が必死になって攪乱しているが、どちらの表情にも疲労が色濃く浮かんでいる。何せ少しでも気を抜けばそのまま命を奪われるような弾幕が相手なのだ。一瞬たりとも集中力を切らすことなど出来はしなかった。



「先程、死蝶を切った時……幽々子さまの心が見えた」
 咲夜に手を離してもらうと、妖夢はその位置から西行妖を、そして幽々子を見つめた。

「普段のあの方からは想像も出来ないほどの、とても深い深い悲しみを感じたんだ。
 幽々子さまは……ああ、全てを知ってしまわれているんだ」

 西行妖が封印を解かれようとしていることも。
 冥界の、幻想郷の、全ての春を奪い尽くそうとしていることも。
 そして……その元凶が自分であることも。
 ……妖夢にその片棒を担がせてしまったということも。

「幽々子様は、そのことを……ひどく悲しみ、そして罪悪感を抱いている。
 あんな幽々子さまは見たことも聞いたこともない……。
 幽々子さまのものであって、幽々子さまのものでないような、そんな深い悲しみだった……。
 西行妖は、その悲しみに根を下ろしているんだ。
 魔術師の言っていることは間違ってなかった。幽々子さまをお助け出来れば、根を失った樹は立ち枯れる。
 けれど……あれほど深い悲しみを抱えている幽々子さまを、どうやって、私はお助けすれば……」



 苦悩する庭師に向けて。
「そんなのは簡単よ」
 完全で瀟洒な従者は事も無げに言い放った。
 え、と顔を上げる妖夢を、咲夜は半ば呆れの混じった顔で見下ろして、



「あんたはお嬢様の従者でしょ。
 なら、あんたが一緒に背負ってあげればいいのよ。
 一人では抱えきれない苦しみだって、二人でなら持ち上げられるんじゃないかしら?
 そうしたら、後は二人で、一緒に歩いていけばいい。それだけのことよ」
「で、でも……私はまだ半人前だから……
 私は一緒に抱えるつもりでも、幽々子さまは私をそこまで見ていてくれなもにょ!?」
 咲夜は指を一本立てて、妖夢の唇をむにゅっと押す。
「半人前だとか、そんなことは関係ないわよ。
 要は貴方のハート次第。
 貴方が主人のことをどれだけ大切に思っているか、それが一番大事なのではなくて?」
 そう言って、彼女はにこりと笑った。



 迷いが晴れる。
 咲夜の言葉が染み入っていく。
 そうだ。その通りなのだ。

 その人を大事に思わずに、どうやって苦しみを背負うことなど出来るだろう。
 ならば。
 その人のことを心から大事に思っているなら。例えどれほどの苦しみであっても、共に背負っていける。

「……私は、まだまだ覚悟が足りませんでした」
 一度目を伏せ、顔をもう一度上げた時。
 魂魄妖夢の瞳は、今度こそ、強い意志と力で輝いていた。




「十六夜咲夜! あと一度だけ力を貸してくれ!
 三人で、ありったけの弾幕を西行妖にぶつけてくれ。幽々子さまに少しでも声が届きやすくなるように、出来る限り西行妖の束縛を弱めてほしい!」

「その後は?」
           コトバ
「私のありったけの詞で、ありったけの想いで、お嬢様を救い出す」

「失敗したら?」



「しない。絶対に」



 十六夜咲夜は、ハッと短く笑う。
「5秒待ちなさい。霊夢と魔理沙にも伝えてくるわ」
 言うが早いか、咲夜は二人に向かって飛翔する。
 妖夢は楼観剣を鞘に収め、代わりに白楼剣を手の中に収め、その刀身を覗き込む。
 刃の中に見える己の瞳には、もはや一片の迷いも残っていない。




 そして、きっかり5秒後。
 三人の少女が同時にスペルカードを掲げ、ありったけの声でその名を喚ぶ。

「幻符『殺人ドール』!!」
「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」
「霊符『夢想封印』!!」

 目映い閃光が西行妖を包み込む。散った桜の花弁が風に乗って舞う様は、妖怪桜の断末魔を思わせた。
「今よ、魂魄妖夢!!」
 咲夜の声が届くよりも早く。
 魂魄妖夢は空を駆け、再び幽々子の眼前にその身を晒した。



「幽々子さま!」



 一声。

 微かに反応を見せる幽々子に向けて。

「幽々子さま……聞こえますか、幽々子さま……?

 返事は、いりません……ただ、聞いて頂ければ、それでかまいません……」
                   スペル
 妖夢は優しく語りかけるように、詞を紡ぎ始めた。



「春を集め、花を咲かせた西行妖は……幽々子さまの楼閣を打ち砕いて、暴れています。

 このままでは、この冥界、そして幻想郷の全ての春は、西行妖に奪い尽くされてしまう……かもしれません。

 幽々子さまは、それを私に手伝わせたことを……気に病んでおられるのですね」

 幼子をさとすような穏やかな声。

 先程までの修羅場が嘘のように、周囲が深と静まり返る。

 嵐のような弾幕が勢いを止め、ありったけの力を使った霊夢らは地面にへたり込み、静寂に満ちた白玉楼には、妖夢の声だけが響く。

「そんなことはいいんです。そんなことで私がお嬢様を責めるわけが、ないじゃないですか」

 妖夢は小さくかぶりを振った。本当に、そんなことはどうでもいい。少女の様子を見つめる霊夢たちにもそれが見て取れるような仕草。



 少女は胸に手を当てる。そこに収まる気持ちを確かめ、それをゆっくりと言の葉に紡ぐ。

「幽々子さま……聞いて下さい。

 私は、私たちは……この長い冬と春の間に、何をしてきましたか? 私たちのここ数月は、一体何だったんでしょうか?

 ……まだ、答えは何も出ていないじゃあないですか」

 そうだ。答えはまだ出ていない。

 この物語は決して、悲劇で終わると決まってしまったわけではない。

 確かに今の状況は限りなく悲劇に近いだろう。でも、だからといってそれを認めていいわけがない。

 最後には必ず、笑顔で春を迎えるのだ。

 貴方と、私で。



「憶えていますか、幽々子さま。

 あの日、西行妖の前に立ったお嬢様は、私に言いましたね。

 西行妖を咲かせる為に、春を集めてきてほしいと」

 口にしながら、妖夢もその時のことを脳裏に思い起こす。

 降りしきる雪の中、剥き出しの木肌を晒す西行妖の根本で自分と向き合う幽々子の姿を。

「私は何も分からぬまま幻想郷に降り立ち、無我夢中で春を集めてきました。

 でも、終わってみれば……この有様です」

 妖夢は横目で白玉楼の庭を振り返る。

 広い庭を埋め尽くすように繁っていた植え込みは西行妖の放った弾幕に撃たれて、見るも無惨な骸となって庭の其処此処に横たわっている。

 その庭を誠心誠意手入れしていた妖夢にとって、その光景は胸が潰れそうになるほど辛いものだった。



 だけれど。いや、だからこそ。

 これ以上、自分の大切なものを失いたくは無かった。



「でも、幽々子さま!

 こんな形で、私と幽々子さまの春が終わってしまっていいわけがないんです!

 確かに西行妖は咲きました! でもそれは全て、幽々子お嬢様の為にしたことなんですよ?

 だから、お嬢様が一緒にいてくれないと、こんな桜、私には何の意味もないんですよ?」



 言葉にしながら、妖夢は、ああそうだと自分でうなずく。

 今のこの状況には何の意味も無い。

 お嬢様と二人で迎える春でなければ、意味が無いんだ。

「そう……これはお嬢様の為の春だったんです。

 だから、これからも……未来永劫、一緒でないと!

 意味が無いんですよ!!」



 言葉が止まらない。

 頭ではなく心から、直接言葉があふれ出る。

 高ぶった感情を抑えきれず、妖夢の瞳からぼろりと涙があふれ出す。

 潤んだ瞳を、それでも決して逸らさずに、妖夢はじっと未だ目を覚まさぬ幽々子を、真っ直ぐに見つめ続ける。





「お嬢様……



 私はまだ半人前で、頼りなくて、剣で斬らなければ本当のことも分からない未熟な庭師です。

 だから……こんな風にしか、言えません……

 お嬢様、私は…………」






































「私は…………貴方が、好きだぁ!!

 貴方が欲しい!!!!

 幽々子さまぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」



「よぉーむぅーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」









 ##################################################################################



 結局、西行妖が満開になることは無かった。

 西行妖の束縛から抜け出した幽々子と力を合わせ、妖夢の放った「断迷剣『迷津ラブラブ慈航斬』」は西行妖をハート形にくりぬいて、妖怪桜を再び封印した。

 たぶん、この桜が再び花を付けることは、二度と無いだろう。


リリー「春が来ましたよ〜」

妖夢「さあ、幽々子さま。行きましょう!」

幽々子「ええ!」



幽々子「妖夢」

妖夢「なんでしょう、幽々子さま」

幽々子「ごめんなさい、妖夢……でも、私はもう、ずっと離れないわ」

妖夢「私も、もう離しはしません」

幽々子「ずっと……ずっと一緒よ」

妖夢「はい……未来永劫、貴方と共に」


 妖夢は、幽々子を抱きかかえると、何故かやってきたリリーホワイト(おそらく、西行妖が力を失った時に
あふれた春の気配に誘われたのだろう)の背に乗って冥界中の空を飛び回り、二人の門出を祝った。

 もちろん霊夢たちも、明日に向けて旅立つ彼女たちを祝福した。
 ただ、その顔に浮かんでいる笑みは心なしか、ほんのちょっとだけ引きつっていた。


霊夢「っていうか……これはいったい何?」


東方武闘伝Gヨウム 第49話
「魂魄妖夢大勝利! 希望の未来へレディ・ゴー!」 ...... Congratulation!



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